8:舞い戻る碧き花
ユフォンは顔に当たる揺れ動く光に目を覚ます。
何度目覚めても洞窟の中とは思えない。グロン・ケルの鍾乳洞はエメラルド色の水面が乱反射して、明るい。空気も澄んでいて、凛とした雰囲気がある。
まるで彼女みたいだ。
だからこそヌロゥ・ォキャはこの地を拠点の一つにしているのだろう。執念を燃やし続けるために。
「なかなか粘るな。お前も、舞い花も。そろそろ来てもおかしくないと踏んでいるんだが?」
磔にされたユフォンをぬらりと見やるヌロゥ。
「……ははっ…………どうしたって、彼女は来ない、よ……!?」
ユフォンは眉を顰めた。
視界を碧き光が過った。
水面の反射ではない。
「はぁ……!」碧に照らされたヌロゥが、酔狂な息を漏らした。「来たか!」
碧き花が散ったのだ。
ちょうど二人の中間に、フードの彼は現れた。
セブルス。
「……どうして来たっ!?」
ユフォンの叫びが鍾乳洞に響く中、セブルスは静かにフードに手をかけた。
彼は、彼女へと戻る。
姿はそう変わらない。気配と雰囲気が女性になる。
ちらりと、左のサファイアが恋人を見やる。ユフォンにはそこに、安堵と謝意が窺えた。
刹那、鋭くなる瞳。
そして右手で抜かれる、剣。
ちらちらと爆ぜる炎のように碧き残滓を散らし、剣もまた、真の姿を取り戻してゆく。
主と共に正体を偽っていた七色に輝く剣。
その名をフォルセス。
そして主の名は、セラ。
セラフィ・ヴィザ・ジルェアス。
「待ちわびたぞ! 碧き舞い花ぁ!」
ヌロゥの歪んだ剣と、フォルセスが激しい音を鍾乳洞に響き渡らせる。水面が小刻みに揺れ、きらびやかに壁面や上面を華やげた。
「この気配……セラお姉ちゃん!?」
天然の廊下を行くイソラは、膨れ上がった友の気配に、驚きの声を上げる。キノセのおかげで、その声はテムとキノセにしか届かない。
「どうして……」とテム。
「そんなの、ネルフォーネがしくじったんだろ。とにかく急ぐぞ! ちゃんと音を辿れよ」
透過同化コートによって、互いの姿も気配も頼りにならない。三人は互いが出す音を頼りに、動いていた。
「これならシァンも連れてくればよかったね。あの子がいれば、視界も共有できただろうし、セラお姉ちゃんにばれることもなかったかも」
「……ああ、確かに。キノセが急かしたせいだ」
「んな、人のせいにすんなよ。お前が俺の名前呼んだのがはじまりだろ?」
「あれはシァンに名前を教えてあげただけだよ。出発の合図だって早とちりしたのはキノセでしょ」
「嘘言うなよ、お前きっかけだ」
「はいはい、すいませんでしたー。俺のせいですー。まさかのシァンで動揺したんですー。若輩者なんですー。青二才なんですー」
「そこまで言ってないだろ。さすがに引くぞ」
「あ、でもさ」と二人を遮るように、イソラが声を発した。「セラお姉ちゃんが来たなら、それはそれで、いいんじゃない? ユフォンお兄ちゃん、絶対助かるよね」
「いや……そうなんだけどな、イソラ」
「連盟的に、てかジルェアス的には全然大丈夫じゃないだろ。台無しだ」
「こっちは台無しよ」
麗しい女性の声で、だが刺すような鋭さでセラはヌロゥに返した。
空気がぶわっと盛り上がり、一人は碧きヴェールを、もう一人は淡き空気の輝きを纏った。