70:さすらい義団、戦闘開始!
逃げ場が見当たらなかった。
屋根の上に粒子を散らしながら現れた同年代の少女からは逃げられないのだと、アルケンは知る。
少年は少女を窺うように見つめる。
「戦わないとダメかな?」
「戦う気、ないの?」
「あんまり気が進まないな、僕は」
「ボクは戦うためにきたんだ。戦わなきゃ」
「……そっか、君のためを思ったんだけどな」
アルケンは仕方なさそうに呟いた。
ズィードははっとした。
「あれ……?」
彼は岩と言っても過言ではない瓦礫の前に立っていた。その下からは赤い液体が広がり、彼の足元まで届いていた。
「お友達は、潰れちゃったよ」
後ろから、残念そうな声がしてズィードは振り返る。そこにはおかっぱ頭の少女がいた。
「誰だよ、お前。てか、俺はちゃんと二人を助けたぞ! この手で!」
「夢でも見てたんじゃないの、お兄さん」
「夢? ふざけるな、そんなはずないだろ! お前の仕業だなっ!」
スヴァニを、敵と判断した少女に向ける。勘だが、当たってる自信が彼にはあった。
空気を纏いはじめる。
すると少女は驚きと喜びを混ぜたような表情で言った。
「あ、お兄さんもそれできるんだ。じゃあボクも」
「んなっ」
ズィードと少女、二人の身体が淡く輝く。
「て言っても、ボクの方が強いけどね」
「外在力だけじゃねーぜ、俺は!」
言いながら、ズィードは少女に斬りかかる。
ズィードに投げられたはずだった。
「あの野郎、なんつう怪力……なわけねーよな。これが幻覚ってやつか?」
ダジャールはレストランが辛うじて小さく見える通りで、目の前にふわりと舞い降りてきた蝶の羽を持つ少女に問いかけた。
「あのぴっちりした服じゃないんだな」
「お兄さんなんて、パパが相手にする必要ないもの。ボクで充分」
「っへ、最近のガキは生意気な口しか聞けねーのかよ、アルケンといいよ」
拳を鳴らし、ダジャールは少女に殴りかかる。
「食後の運動……手伝ってくれるの、君?」
ケルバは円らな瞳で少女を捉えた。瞳だけではなく、その手でも少女の腕をしっかりと掴んでいた。
そのことに驚きが隠せないようで、少女ユールはケルバから逃れようと腕を引く。一瞬逃がさないように力を込めたケルバだったが、ぱっとその手を離し、ユールを逃がした。
「鬼ごっこってこと、かな?」
剣を抜き、るんるんとユールに迫るケルバ。ユールは一瞬振り返り、得体のしれないものを見るように怯えると、前を向いて距離を空けていく。
その後ろ姿に、ケルバは叫ぶ。
「かくれんぼはもう意味がないからやめときなよー!」
「お兄さんにも羽があるんだね。ボクと同じ」
同じ特徴を見つけて楽しそうに言ったユール。彼女がどう動くのか、ソクァムはじっとその出方を窺う。
「うーん、空で戦う? って、もう空だけど」
「っなぁ……!」
ソクァムは急に訪れた落下感に羽を動かした。宙に留まると、空高く、ギーヌァ・キュピュテの街を見下ろす。鼓動が早い。まるで叩き起こされたかのようだった。
「幻覚……いや、だとしたらどっちが。地上か、空か」
ぼんやりとする記憶をたどり、ソクァムは爆発の瞬間を思い返す。
吹き飛ばされた。
あの爆発が幻覚でないのなら、自分は空にいたのだとソクァムは結論付ける。
そして気を失っていた。
落下している最中に、気づいた。そう、目覚めたのだ。
『賢者狩り』の被害者たちが眠っている姿が、ソクァムの脳裏に浮かぶ。
「夢……?」
目の前に、竜人がいた。羽を持つ血統だ。
それも逆鱗花の葉を摂取した超興奮状態。
純粋な竜人の逆鱗状態。
ハーフであるシァンでは到底届かない領域であり、虹架諸島で暮らしていた彼女でさえ、実際に目にするのははじめてというほど、稀有なものだ。
「これが幻覚ってやつ……」
「この世界はそうだけど、ボクの姿は本物だよ。ボクは竜人になれるんだ。これって、お姉ちゃんじゃボクには勝てないってことだと思うんだけど。違うかな?」
「それは……やってみないとわからないって」
カリっと、シァンは鋭い歯で逆鱗花の葉を齧った。
頭の二本の角が僅かに伸び、頭髪は小さく逆立つ。竜の眼は野性味を増す。鋭利な歯の間から、熱い吐息が漏れる。
これでシァンの、ハーフ竜人の逆鱗化は止まる。いや止めているというのが本当のところだった。これ以上は、死を近づけることになることを、彼女は竜人の大人たちから散々と教えられていた。
「いくよっ、本当の竜人の力、見せたげる!」
竜人の脚力は駿馬を昇華させる。
竜馬。
師であるケン・セイは彼女が逆鱗した時に行う駿馬をそう名付け、別のものとした。
ポンッと軽やかな爆発音を伴った一歩。その移動距離は駿馬の数歩分。疾駆ではなく跳躍。故に、駿馬が数歩を刻みながらも、緩やかな曲線を描くことしかできないのに対し、竜馬は二歩目には軌道を急激に転換することができる。これは駿馬の旋回力を補う水馬ともまた違うもので、それも別の名をつけられた理由の一因である。
ポ――。
ボンッ!
シァンの二歩目の音は、より大きな音に飲み込まれた。
背中まで突き抜ける衝撃。
シァンの腹に、竜の拳が食い込んだ。




