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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第二章 賢者狩り
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59:新たな被害者

 扉が樹木がごとく乱立し、雲がごとく空を覆う世界。ソウ・モーグ・ウトラ。

「久しぶりに帰ってきたってのに、これかよっ」

 至る所がボルトとナットでねじ止めされた服に身を包む男、ポルトー・クェスタは愚痴を零した。

「むしろあんたが帰ってきたから、こうなったんじゃないのっ!」

 彼に嫌味を返すのはファスナーだらけの服を着る女。ルピ・トエルだ。

 二人は襲撃に遭っていた。

「なんだとルピ。敵さんの狙いはお前だろーが!」

「ポルトー!」

 ルピに向かって文句を吐いたところで、フードに顔を隠した敵はポルトーに向かって攻撃を仕掛けた。

「って、俺かよっ」

 落孔蓋を足場に敵の頭を跳び越えるポルトー。そのまま近くにあった扉に入る。敵の横方向にある地面に這うような扉から寝転んだ姿を覗かせた。悪戯っぽく笑んで、ひょいと鍵を敵の脚に向けて回した。光の筋が刺さり、敵は脚の力を失って崩れるように転んだ。

「地の利は俺たちにあるってのに、よほど自信があったのかね」

 さらに別の扉から出てきて、ポルトーはルピに並びながら倒れた敵を見やる。

「まだ気を抜かないで。相手は『賢者狩り』よ」

「偽物じゃないのか?」ポルトーは警戒もせず敵に近づく。「こんなあっさり動けなくなるなんてさーあ。あ、『賢者狩り』の捕縛、報奨金とかでるのか? 連盟から」

 そんなことを言いながら、彼は『賢者狩り』のフードに手をかけた。

「ちょっと、ポルトー」

「さ、拝むとしようか、『賢者狩り』の正体」

 フードを剥いだポルトー。

「なっ……どういうことだ?」

 彼の訝る声に、ルピは近づきながら問う。「どうしたの?」

「いや、ないんだよ。顔が……いや、顔だけじゃない、空っぽだ」

「え? そんなわけないでしょ……」

 ポルトーの背後から敵を覗き込んだルピは、声を尻すぼみにしていき、彼の背中に倒れ掛かった。

「おっ、ちょ、なんだよル……寝てんのか?」

 目だけで後ろを見ると、ルピは目を閉じていて動く様子がなかった。ルピを背中から落とさないように身体を回して、ポルトーは彼女を腕に抱えた。軽く頬を叩くが、反応はない。鼻の前に手をかざすと呼吸は確認できた。

「おい、急になんだよ。いつ攻撃受けたってんだ?」

 倒れていた『賢者狩り』に彼が視線を向けると、それと同時に敵はまるで風に吹かれる紙のように動いて、二人から距離を取った。

「『鍵束の番人』の力は鍵がなきゃ意味をなさない」

「っな? は? なん……?」

 ポルトーは頭に疑問符を並べる羽目になった。

『賢者狩り』の姿がフード姿から、頭の先からつま先まで全身、身体にぴったりと張り付くような服を着た男の姿になっていたのだ。唯一、二つの目だけが露わになり、三重の瞳孔がポルトーを捉えていた。

「鍵、いただきますよ」

「わけわかんないけど、ふざけんなっ」

 ポルトーは空に向かって鍵を回し、扉を開くとそこにルピを投げ込んだ。

 その直後だった。

「――なにっ!?」

 カチャカチャカチャカチャカチャ――。

 彼の鍵束の鍵たちが、一斉に暴れ出した。そしてプチン、プチンと『賢者狩り』に向かって飛び立っていく。

「おいおいおい、一体なんだってこんなっ!」

 離れていく武器をなんとかして捕まえようとするが、するり、するりと逃げていく。一本、一本、また一本と、ポルトーは成す術なく、鍵たちを見送る。

『賢者狩り』を周回する裏切り者たちを睨むポルトー。

「俺の鍵だろ! なんで戻ってこない!」

「王の命令は主のそれより、有効なようで」

「なにっ?」

「あなたは賢者ではないが、もうお休みの時間だ」

 男の三重の瞳孔が、ぐわんと揺らいで、三つ葉のような形に変わるのをポルトーは見た。

 それが眠りに就く前の、最後の視覚情報だった。



 清潔なテントの中、賢者たちが眠る。イソラにとって会話を交わすことはおろか、名前も知らない者も含まれるその数は、七から九になった。

 ケン・セイの隣に眠るルピとポルトー。

 今、シァンがポルトーの過去の感覚を読み取り、イソラ、さすらい義団の面々、そしてテムと共有したところだった。

「くしゅっ」

 イソラが協力を頼んだ当初、師匠であるケン・セイをはじめとした賢者の称号を持つ、『賢者狩り』の被害者たちの感覚を共有することはシァンにはできなかった。

 それに落胆もしたが、イソラはすぐに頭を切り替え、地道に賢者たちの気配に意識を向け、襲われるのを待つことにした。

「くしゅっ」

 そうして賢者たちの安否を確認しながら、さすらい義団と手分けして、合流したテムと共に異空を巡りはじめた矢先だった。

「くしゅんっ」

 義団がルピとポルトーが倒れているところを発見したのだ。

 すぐさま二人が運び込まれたトゥウィントへと足を向けての現状が今だ。

「もうちょっと早ければ、ルピさんの感覚も共有できたんだけど……」

「充分だよ、シァン」

 妹弟子の沈んだ声に、イソラは肩を抱いて優しく身体を寄せた。

「シァンが見つけてくれてよかった」

 シァンのレキィレフォの力には限度があり、眠らされてから時間が経ってしまうと感覚を読めなかった。ポルトーがギリギリ間に合った被害者だったのだ。

「そうだ」テムが頷くのをイソラは感じた。「おかげで情報が手に入った。師匠も誇りに思ってくれるはずだ」

「んで、次、どうすんすか?」口を開いたのはズィードだ。「俺たちは『賢者狩り』倒すところまで付き合う気だけど」

「そうだな、とりあえずギーヌァ・キュピュテに行くか」

 テムはずっしりと重く、そう言った。

「はくしゅんっ!」

 さっきから断続するくしゃみに、せっかく場を締めるためのテムの言葉も、意味をなさなかった。彼は苦笑して、くしゃみをする張本人に目を向ける。イソラも、義団のメンバーもだ。

 そしてダジャールが吠えた。

「おい、猿娘! さっきからうるせーぞ」

「っくしゅ……」ネモは鼻を抑えながら言い返す。「しょうがないじゃない。なんか鼻がムズムズするんだから!」

「くしゃみを抑える薬だゥ。飲むゥ」

 ナマズ顔の長身がネモに粉末と水を差し出した。新たに眠った二人のために草原に布を敷き、様態の確認もしてくれたィル・ペクタァだ。

「ありがとう、ございます。くしゅ……ィルさん」

 薬を飲むネモにうんうんと頷くと、ィルはしかしと首を傾げる。

「この清浄草原でこうもくしゃみが続くなんて、ありえないゥ。扉の世界の森にもそんな症状が出る植物の類もなかったはずゥ?」

「テムさん」

 ソクァムが鋭くテムを呼んだ。対するテムの声も、真剣なものだった。

「そうだな。なにかはわかんないけど、重要なことだと思う。とにかく、今はギーヌァ・キュピュテだ。理由は行きながら話す」

 イソラは頷き、シァンから離れ、眠る師と友の間に膝を着く。

「お師匠様、ルピ。待っててね」

 師匠だけでなく友までも。

「絶対にあたしが止めてみせるから。そして、みんなを起こすからね」

 打倒『賢者狩り』の決意を胸に、イソラは立ち上がるのだった。

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