55:覇王の指は一度鳴る
「随分粘るねぇ、お兄さん。舞い花ちゃんが幽霊になっても困るし、この世界から幽霊の存在を消してるんだけど。やっぱりあれかな? 帝が『それ』の力で呼んだから特別に強く結びついてるってことでいいのかな」
ビズラスがセラを抱きかかえながら睨む先、自らが空けた穴から空へ向かっていくズーデル。
「最後まで見届けてあげたいんだけど、俺も早く新しい世界に行きたいんだ、ごめんね。兄妹仲良く、死んでよ」
そう言って空高く、青空に青雲のマントを溶け込ませると、飛び去った。
「……」
視線を妹に向ける。
抱く手が、輪郭を失いはじめていた。気を張ってどうにかなるものではなさそうだ。
このままここで妹の死を悼んで、消えるのを待つだけ。
それでいいはずがなかった。
自身が消えれば、妹は地下深くで眠り続けることになる。世界が壊れればそんなことは関係ないのかもしれないが、そんなことは許せなかった。
「ドルンシャ、ごめん」
命を捨ててまで頼ってくれたが、ズーデルを止めることはできなかった。
まだ間に合う?
駄目だ。セラを奪われた失意は大きい。戦いに向かう意思などなかった。
ズーデルの言葉に従うのは癪だが、家族と死んでいくことを選ぶ。
穴を見上げるビズラス。
幽霊でなければ、アズにでも跳んだのだろう。
せめて地上へと、黄色い花を散らした。
彼が選んだのは、竪琴の森だった。
「あれ、どうしたのフェズ?」
俯いたフェズは上からの呼びかけに、顔を上げた。小さなユフォンも彼に倣った。
「ズーデル……」
答えたのはフェズでもユフォンでもない。もちろん、気体人間ヒャリオでも。
ボリジャーク帝だ。意識が戻ったようで、覚束ない足取りで、ズーデルの下へ歩んでいく。
「ことは、成したのか、覇王よ」
「ああ、ボリジャークいたの? いなくてもよかったんだけど、いるなら聞いていいよ」
「?」
「フェズ、約束なんだけど。君をこの世界から出してあげるってやつ。あれさ、なしで」
「……」
フェズはなにも言わなかった。
「いいよね? ほら、舞い花ちゃんをよろしくって言ったけど、結局俺の方来ちゃったし。先に破ったのは、君の方ってことで」
「約束は往々にして破られるものだ」
ズーデルに言ったかのように思われたが、ユフォンの耳には続きが小さく聞こえた。「な、ズィプ」と。
「おお、わかってくれるんだ。じゃ、そういうことだから、君を愛した世界と、眠ってね」
手を顔の高さまでもってくるズーデル。
「おい待て!」
そんな彼に向かって叫んだのはボリジャーク。すごい剣幕でズーデルを睨み上げている。ズーデルは動きを止めて、ちらりと無言で見下し返した。
「俺たちはどうなる! 皆を集めて一緒に新世界へ移るはずだろっ?」
「ふっ、く、ははははははっ! ばっかだねぇ、そんな必死になっちゃって。それとも頭がいいから感付いちゃったのかな? 自分たちはここまでだってさ」
ボリジャークの顔に絶望が張り付いたのをユフォンは見た。
「最初から世界を作るのに、この空にいる人間を連れていくわけないでしょ? ま、ここまで協力してくれたのは感謝してるよ、ありがとう。そして、バイバイ。これが新世界へと旅立つ俺への祝砲、そして偉大な世界への感謝の礼砲になる」
ぱちん――。
指を鳴らした青雲覇王。それで終わりだった。
「図ったな、小僧ぉ!」
ボリジャークの叫び。
「やめろおぉぉ!」
ユフォンの叫び。
天に伸びるフェズの手。
それがユフォンの耳と目が捉えた、最後の光景。
この日、異空からホワッグマーラという世界が消えた。
~〇~〇~〇~
「終わりに向かってる世界とは思えないな」
ぽろん、ぽろんと音を奏でる木々に囲まれた爽やかな空間。ビズラスは跳んだ先に人がいたことに目を瞠った。そして零す。
「セラ?」
~〇~〇~〇~