52:目覚めの期待は眠りに消える
「おいおいどうしたよ、フェズ。『太古の法』使って疲れたか?」
「むかっ。ズィプにくせに」
「俺だからな」
「意味わかんないし」
あのフェズルシィのマカを、ズィーはかき消していた。なかったことにしていた。まるで空気中の魔素を操れる『太古の法』と同じように。
フェズが魔素で剣を作ろうものなら、すぐさま霧散させる。火炎、雷、氷塊、鉄球、土砂流……魔素が絡んだすべてが、ズィーの前には無力だった。
「よっしゃ、ようやくフェズに勝てる日が来たぜ!」
ズィーは空気を操り、フェズを引き寄せる。さすがに剣はやりすぎかと、納刀する。灸をすえる意味を盛大に乗せた拳を引き、迫る親友に殴りかかる。
「やめた」
「ぅえ?」
不貞腐れたフェズの声に、ズィーは空を殴った。それでも、その先にあった屋台の瓦礫が一掃された。
「やめたって……」
「だってズィプに負けるとか、ないしっ」
「んなっ。そんなことないだろ、俺だってお前に勝つことぐらいできらー!」
「できてないじゃん。今も結局殴らなかっ、っぶ……!」
ズィーは外在力を解いた。しかし容赦なくフェズの顔面に拳を叩き込んだ。フェズは倒れた。
「殴ったろ?」
「……」顔を押さえながら上体を起こすフェズ。「ズィプのくせに」
ズィーは友に手を差し出す。「ほら、行こうぜ」
「どこに?」
「セラのとこに決まってんだろ。セラに謝れ。んで、一緒に敵倒すぞ」
「しょうがないな」ズィーの手を取るフェズ。立ち上がりながら、肩を竦める。「セラに謝る必要はどこにもないけど」
「また殴るぞ」
「次はないし、むしろ殴り返す」
「ああ、ごめんごめん」
セラの感覚ですら意味をなさない暗闇の中、ズーデルの軽い声が響く。
「『それ』はもう『俺』になっちゃったから、暗くなっちゃったね」
空気が小刻みに震えた。
そして間もなく、天井が大きな音を立てて消えた。長い空洞から光が差した。
「これで明るくなった。さすがにさよならは顔を見て言いたいよね」
「俺たちを殺すのか、君が出ていくのか。どちらにせよ、それは叶わないと思った方がいい」
ビズラスはセラの横に立ち、オーウィンを構える。
「幽霊だから死なない、とは考えてないんだ。さすがは舞い花ちゃんのお兄さん」
「君もそれくらい油断はしない方がいい。特異な力を得たからってね」
「アドバイスありがとうございます、お兄さん。でもさ、油断どうこうの話は妹にしてあげるべきだったね」
「はっ……ぁ…………」
セラは唐突に息を漏らした。
ありえない。
セラは思う。
感覚は目の前だけでなく、全方位に向けていた。
油断はなかった。
『それら』を手中に収めたズーデルに、注意は怠らなかった。
「君たちナパスの十八番で死ぬのはどんな気分かな、舞い花ちゃん?」
前からしていたはずのズーデルの声が、後ろから、耳元でいたずらが成功した子供のように囁いた。
台座のズーデルの姿が、雲のように次第に消えていく。セラはままならない呼吸の中、その姿を睨む。そしてすべてが消えると、視線を落としていく。
胸を、真っ赤な血でてらつく剣が貫いていた。
「セラ!」
ビスの叫びに歪めた顔を向ける。兄もまた表情が歪んでいた。
「っ、っは……ビズ、にぃ――…………」
痙攣した声は最後まで出てこなかった。
視界が歪む。
ガクンと、揺れた。
床が見えた。
暗くなる。
意識が、遠のく。
遠のく中、セラは期待していた。
古が目覚める。
しかし、それは予感ではなく、期待だった。
意識が、消えた。
命が――。
――消えた。