51:死人に耳なし
セラはビズの隣に並び立つ。
「一緒に戦える日が来るなんて想像したこともなかった」
「わたしもだよ、ビズ兄様」
「俺が死んでるからね」
「……何度か、会ってるんだけどね」
「え?」
「わたしが作りだした心の支えの話だよ」
「そっか」ビズは微笑んで、セラの姿を、特にヴェールと瞳を今一度じっくりと見やる。「極集中だけど、なにか違うね。ひょっとして俺より強い?」
「そんなことないよ。でも、ゼィロス伯父さんはビズ兄様より才の器が大きいって」
ビズは僅かににやける。「へぇ、ゼィロス伯父さんが」
「嘘じゃないよ、本当に伯父さん、言ったんだよ」
「別に疑ってないよ。ただゼィロス伯父さんにそこまで言わしめる妹が誇らしいのさ」
ぽんと、ビズはセラの頭を優しく叩いた。セラは涙腺と唇に力を込めて、込み上がってくる数多の感情を噛みしめた。
それからナパスの兄妹は、ばっちりあった動きで敵に目を向ける。
外在力やセラのヴェールが身体を覆うように輝くのに対し、今現在のズーデルは身体そのものが発光していた。凄まじい、力が溢れている。溢れ出ている。
その力を内に収めることに困難を極めていて、ズーデルはセラの登場や兄妹の会話に対して何一つ反応ができなかったようだ。そしてやっとという感じで、ようやく二人に目を向けてくる。
「……あ、話、終わった? こっちは、もうちょっと掛かりそうかな。……でさ、その人、舞い花ちゃんのお兄さんなの? そこの灰が死際に『それ』の力で呼び出したわけなんだけど、なんで?」
ビズがセラに首を傾げた。「どうして、舞い花ちゃん?」
「それはいいの、お兄様。それにどうしてか聞きたいのはわたしのほうで……ううん、とにかく、動けないなら今はズーデルを止めないと」
「つれないなぁ…‥舞い花ちゃん。でも動けないのはそっちもだと思うんだけど?」
「そんな嘘、時間稼ぎにもならない」
「いや、セラ。嘘じゃないみたいだ」
その言葉にセラは兄を見ようとした。だが、首が回すことができなかった。
「お兄さんの方が物分かりがいいみたいだ」
「……」
「……」
「ああ、もう口も動かせない? ごめんね、調節が難しいんだ、これ」
『お兄様、ナパードは?』
『無理そうだ。念話もできるのか』
『通じるかわからなかったけど』
ズーデルにはセラとビズラスが黙っているようにしか見えていないだろうが、二人は口を閉ざしながら言葉を交わしていた。
『それでね、お兄様。わたしもナパードできないんだけど、多分お兄様を跳ばすことはできると思う』
『なんだって? 触れてないぞ、俺たち』
『ふふっ、お兄様、きっと驚くよ』
『よくわからないけど、信じるよセラ』
『うん。じゃあ……あ、跳んだ先で動けるかな?』
『そこは俺に任せていいよ。ドルンシャに特殊な力で呼び出されたからか、彼が力を扱えていると勘違いしているのか、実は俺は動ける』
『……嘘じゃないみたいって言ったのに? お兄様の嘘つき』
『嘘も技術だからね。幻滅かな?』
『そんなことない。わたしだってもう子どもじゃないんだよ?』
『あぁ……それは幻滅するな、兄様は。死人に耳なしってことで聞かなかったことに――』
『へ、変な意味じゃないからね! 戦うってことがどういうことか、知ってるってことだから! い、いくよ、お兄様っ』
『…………。よしっ』
兄の返答を待って彼女は、行動に出る。
セラの隣で碧き閃光。そしてズーデルの後ろで碧き閃光。
オーウィンの影を纏うウェィラが、ズーデルを見事に貫いた。ズーデルから輝きが消える。
「な、にっ!?」
「友が命を捨ててまで、頼ってきたんだ。君を止めるよ」ビズは青雲のマントの後ろからセラに視線の向けて口角を上げた。「妹にも会わせてくれたしね」
「なにが、嘘じゃないみたいだ、だよっ……ひっどいなぁ、お兄さん。動けるなら、そう言ってくださいよ」
「わたしも動ける!」
ビズの攻撃でズーデルの力が解除され、セラはズーデルの首に向けフォルセスを振るう。
反撃も防御もなく、青雲覇王の首は撥ねられた。
「そうそう、そうやって言ってくれればいいんだよ。ま、言っても言わなくても、なにも変わらないんだけどね」
セラとビズに挟まれた首無しズーデルが消えると、セラの後方に、空間の中央にある台座に片肘をついてズーデルがにこやかに笑っていた。
それを最後に、地下空間は光を失い、闇の中にすべての輪郭が消えた。セラのヴェールすらも。