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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第一章 ホワッグマーラの変
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48:最後の一撃

 客席がもぬけの殻となったコロシアム。

 セラが闘技場に戻ると、フェズの前にボリジャークが倒れていた。息はあるようだが、意識はないようだ。

 前回の大会でドルンシャを下した力だ。当然比肩する他都市の帝が相手でも結果はそう変わらない。そう思っての機転だった。

 仮にフェズが『太古の法』の疲労に動けなくなったとして、そのあとにドルンシャ帝ほどの力を持つ敵を相手にするのは簡単じゃない。どうせなら天才に倒してもらってしまおうと。

「すごいな、セラ」

 フェズは戦っている最中ということも気にせず、楽し気にセラに言う。

「触ってなかったな、今。そんなこともできるのか、ナパード」

「フェズさんの『太古の法』みたいな感じですよ」フォルセスを構えるセラ。「普通のナパスはできない」

「ふぅん。でも、どうせなら外の世界に跳ばしてほしかったけどな」

 フェズが肩を竦めると、魔素が横殴りの雨のようにセラを襲う。

 逃れるために彼女は客席に跳んだ。標的を失った魔素たちが、追いかけてくる。セラはその魔素に向かってフォルセスを差し向けた。別に行動に大きな意味はない。ただ、人とも物とも違う魔素に狙いをつけるのに指標が欲しかった。

 できるは定かではない。古が目覚めれば行動に出る前にわかるのだろうが。

 切っ先のさらに先に迫る魔素群を強く見つめるサファイア。そこにヴェールからくるものとは違うエメラルドが閃いた。

「できた!」

 思わずセラは口にして、それからフェズに目を向ける。

 背後で魔素の弾丸を消滅させるフェズと目が合った。

 ナパードで魔素を移動させることには成功したが、結局は魔素。『太古の法』の前では攻撃には使えないか。

「っ!?」

 不意に、なんの前触れもなく、世界が波打つように一度大きく揺れた。フェズがなにかしたわけではなさそうだった。

 カチャ、カチャ、カチャ……。

 疑問に思うセラの腰で金属音。これもまたフェズがなにかをしている様子はない。

 セラが自らの腰に目を向けると、ウェィラ(ツバメ)が鞘を抜け出し、飛び立った。

「えっ? ウェィラ!」

 伸ばした彼女の手もすり抜けて、小刀は闘技場へと向かう。かといってその行先は戦っている相手のフェズではなかった。

 穴だ。

 ズーデルが空けた穴に、勢いよく入っていったのだ。

「ぐっ!」

 視線を外したセラに、フェズから魔素が飛んできた。咄嗟に術式で作り出した盾をフォルセスに這わせ、押し返すセラ。

「ぐぅううっ……」

 容赦なく魔素が押す。じりじりと滑るブーツ。ついには客席に埋まるセラ。

「ん゛っ……ぁぁっ」

 されるがまま床と壁を突き破り、彼女は再びコロシアムの外に吐き出された。敷かれたレンガを剥がしながら、出店の残骸に受け止められる。

「うっ……!」

 左の二の腕を木片が貫いていた。セラは木片には触れず、ナパードで木片を跳ばした。それから「術式……接合(ジョイン)」とつぶやいて、碧き花の紋様のガラスで傷口を塞いだ。

 そして顔を正面に向ける。さっきとは違い、早急にフェズが飛んで追ってきた。本当に『太古の法』の限界が近いようだ。

 立ち上がったセラに、降り立ったフェズは言う。

「もう倒れてくれればいいのに。さすがに殺す気はないぞ、俺だって」

「倒れてたって、ズーデルが目的を果たしたら死にます。フェズさん、考え直してください」

「いや、その時はその時だし」

「……」

 この天才ならば本当に、その時が来たら自由気ままに空気を読まず、打破してしまうのかもしれない。しかしそれで助かるのはきっと彼だけだ。

 ホワッグマーラの大人口に合わせ、他世界から来ている大会参加者や観戦者。ユフォンたちによって行われている避難活動は『継書の栞』を用いていた。恐らく避難先は『副次的世界の想像と創造』の中だろうが、世界を壊そうとしているズーデルの前に、それがどれほど確実なものなのかはわからない。

 フェズは小さく肩を竦める。

「あと一発で倒れてくれよな」

 セラは顔を顰め、フォルセスを握る手に力を込めた。

「いやです。フェズさんが倒れてください」

「無理っ」

 その場で殴るように拳を突き出すフェズ。本当に最後にするつもりらしい。空気が魔素に震える。

 セラはフォルセスを振りはじめる。

 魔素も、思惟放斬も、トラセードも駄目。他の技術もこれほどの魔素に対抗しえない。

 ナパードを除いて。

 兄を『輝ける影』と言わしめた静かなるナパードによる背後取り。

 セラにとっては失敗の記憶も多々ある。

 ビズにも引けを取らない静けさはある。だが強者が相手となれば成功する確率は低い。きっと兄も言われるほど背後を取ることをやってはいなかっただろうと、今の彼女は考え至れる。ただ、効果的に使うことでその印象が強く敵対する者に広まったのだと。

 この場面が効果的であるかはさておいて、これほどの大きな魔素だ。フェズでさえ操るのに集中力を要している、その隙につけ入ることはできるだろう。

 ギリギリまで引き付けて。

 跳――。

「え……?」

 エメラルド揺らめくサファイアにもう一つの色。

 ルビーが反射した。

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