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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第一章 ホワッグマーラの変
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46:行商人とバケモノ

「ぐっ、んあっ!」

 ついにセラは闘技場の壁を突き破り、そのあとも何枚かコロシアムの壁を突き抜けた。

 コロシアムの周辺にもユフォンの幽体や魔闘士の姿があり、避難を進めていた。しかし人数は尋常ではない。進行具合は芳しくなく、吹き飛ばされたセラや壁の破片、それから連鎖的に破壊されていく屋台、そしてそもそものフェズが操っている魔素。それらの犠牲になる者は少なくなかった。

 イベントの盛況が噴煙と瓦礫に隠れ、代わりに悲鳴が主役になる。

「ぁあ……」

 自分を受け止めてくれた屋台の骨組みを軽く脇へどけ、セラは立ち上がる。

「やっぱりネ! オジョサンネ!」

 セラのすぐ横で、状況に似合わない朗らかな声がした。彼女は視線を向けるまでもなく、その声の主が異空行商人ラィラィだと分かった。

「ラィライさん」目を向けてセラ。「危ないので、避難してください」

 コロシアムの方からフェズの気配が迫っている。『太古の法』で長期戦は望めないはずだが、だいぶ余裕を持った速さだ。

「駄目ネ。オジョサンのせいで、商品がバラバラ、ボロボロヨ! いくらオジョサンでも、ワタシ、怒るネ。弁償するヨ! 弁償!」

「そんなこと言ってる場合じゃ」

「なに言うネ! 商品、ワタシの命ヨ」

「…‥わかりました」

 セラは彼を早く避難させるために応じることに決めた。彼からの貰い物である行商人のバッグに手を入れる。

「とりあえず今は手持ち全部でいいですか。また後で足りない分を――」

 セラの目の前に本が二冊差し出された。彼女はバッグに手を入れたまま訝る。その本がユフォン・ホイコントロの『碧き舞い花』だったことも、疑問を助長させた。

「これに、サインお願いするネ。それが弁償ヨ」

 ラィラィは万年筆を強引にセラに握らせると、一冊目の表紙を開いた。

「さあ、書くネ」

 セラはフェズの方を一瞥し、その姿を目視した。疑問を感じている暇はない。

 一冊目にサインし、続けて二冊目にもサインした。

 ラィラィは満足げに二冊をバッグにしまう。「主人公本人のサイン本は今日売ってたどの商品よりも高値で売れるネ。ありがとネ、オジョ――」

 行商人の言葉を最後まで聞く前に、セラは彼と共にトラセードで脇に動いた。二人が最初にいた場所にあった屋台の残骸が跡形もなく吹き飛んだ。

「――サン、わぉうっ!?」

 セラは不思議がる彼の背を押して、促す。「逃げてください」

「あいネ!」と去っていくラィラィ。セラは彼の背中から、クリアブルーの瞳に向ける。

「今のなんだ? ナパードじゃないよな? もしかして、トラセードってやつか?」

 敵意もなく、普段と変わらない彼。味方や敵というよりも、彼だけ大会が続いているように、セラとの戦いを純粋に楽しんでいるように感じる。

「さすがのフェズさんにもできないと思いますよ」

 嫌味をたっぷりと練り込んで、セラは笑顔で言った。

「なんか、機嫌悪いか?」

「ははっ、ええ」

 そう返してから、トラセードでフェズの懐に入り込むセラ。

「……っ」

 彼女の振るったフォルセスが、魔素の塊に阻まれる。思惟放斬共々だ。『太古の法』により空気中の魔素そのものを支配するフェズ。魔素がある限り彼の身体に届く攻撃はないと考えるべきか。

「なにが気に入らないんだ? どうせ本選で戦うんだったろうし、変わんないだろ」

「全然、違いますっ!」

 できる限りの速さで、フェズに切り込んでいく。だんだんと速度を上げ、ついにトラセードでの急加速まで用いだすが、結局彼の身体に傷はつかなかった。

「そろそろ、俺の反撃の番」

 軽く手を振り下ろすフェズ。すると魔素が猛烈な速さでセラに降ってくる。

 セラはそれを空間の拡大で躱そうとして、訝しんでフェズを見つめる。

 空間が広がらない。

 時の流れが緩やかになることはなく、トラセードが使えない。

クィフォ(うそでしょ)……」

 魔素に押しつぶされる寸前にセラはナパードでフェズから大きく離れた。土煙にフェズの姿が隠れる。

 彼は言う。

「できないけど、仕組みはわかった。だから止められる」

「バケモノ……」

 セラは小さく吐き捨てると、ナパードでフェズの後を取る。突いたフォルセスの動きが止まる。

 フェズは振り返らずに言う。「唯一できないそれも、もう少しでできるかもしれない」

「さすがにナパードは」フォルセスに力を込める。「できないですよっ」

 ゆっくりと進むフォルセス。ゆっくりと振り返るフェズ。

「言葉の綾。瞬間移動のことに決まってる」

 魔素が爆ぜた。

「んぁっ!」

 瓦礫に強く身体を打ち付けるセラ。フォルセスがその手から離れる。彼女はすぐに立ち上がり、フェズに向かって駆け出す。走りながら地面に落ちた愛剣に腕を伸ばすと、フォルセスは主よろしく花を散らして彼女の手に舞い戻る。

「はっ!」

 気魂と共に剣を振り上げる。それでもフォルセスは魔素に受け止められる。生命の波も関係ない。やはり空気そのものか。

 セラは身を翻しながら、空気を纏いはじめる。

 ヴェールの力も相まって、全身に纏わりが及ぶ。

「ズィーのやつか」フェズは静かにセラを見た。「けど、それは失敗だな、セラ」

「?」

 セラの身体は宙に浮き、全身に紫電を走らせた。だが、それにより彼女が苦痛にもだえることはない。

 フェズが首を傾げた。「ん?」

 宙に浮かされて自由を奪われているが、電撃による痛みは彼女にはない。彼女は電撃に対してすでに適応しているのだ。変態術によって。

「……じゃあ、これ」

 まるで服でも選ぶように言ったフェズ。途端、セラの身体に激痛が走った。

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