41:理想と命の天秤
〇~〇~〇~〇
「兵力を誇る白き地に、場の権」
フェルはまた指を人差し指から立てはじめる。
「幻獣が祈り、狩人が呪う黒き地に、終の権」
最後は薬指、これで三本の指が立った。
「最後にして最大の地に、生の権」
立てた三本の指を、反対の手で一本ずつ摘まんで示していくフェル。それぞれの世界をナパス語で口にしていく。
「『白刃の連なり』、『祝呪の交わり』、『超自然の施し』」
ナパス語ではあるものの、セラには馴染みが薄いものだった。だから、確認の意味も込めてゼィロスに言い直す。
「……『白輝の刃』、『幻想の狩場』、ホワッグマーラ」
「ああ、そうだな。お前にはそっちの方が耳馴染んでるだろう」
ゼィロスはそう言って頷いてから、フェルに問う。
「ところでフェル殿、『それら』の名前は消されているのでは? その三つの権というもの……あなたが知っているのは、まあ、いいいとするが、俺たちに教えてしまっていいのか?」
「知っていた方が今後のため、とだけ言っておきます。特に、セラ、あなたは」
「……」
名指しされたセラは叔母の顔をまっすぐ見つめてから頷いた。
~〇~〇~〇~
「なにをしようとしてるの、ズーデル」
セラはズーデルを睨む。
「おぉ、怖い顔」ズーデルは肩を竦める。「その様子だと知ってるだね、『それら』のこと。なら、わかるよねぇ、舞い花ちゃん?」
「『白雲』じゃ物足りないっていうの。どうして昔の人がなかったことにしようとしたのか、考えたらわかるでしょ」
「説教する気? なにも知らないくせに、俺の覇道に口を出すなよっ!」
一瞬、迫力が場を支配した。
セラそれに反応して、身震いした。「……!」
「なかったことに? 違うな、違うよ、舞い花ちゃん、間違いだらけだ」
「なにが違うっていうの」
「ならどうして、俺は『それら』のことを知った? 情報が残っていたからだ。マグリアの帝も、いい反応しただろ? 知ってるからだ、『それ』の存在を」
セラはドルンシャに視線を向けた。その視線に気づいて彼は、力の入った顔を彼女から背けた。それはすなわち肯定だ。
「『輝ける者』たちの植物板は大層きれいだったよ。欠落は一つもなく『それら』や古き時代のことが書かれてたさ」
「知ったなら」ドルンシャがセラから逸らした顔をズーデルに向ける。「なおのこと、ためらうべきだ」
「あーあ、これだからいい子ちゃんは。あ、いや、たしかあんたは落ちこぼれから帝になったんだっけ? ならわかんないかなぁ? 常に上に立つ者に縛られて、疑うことなく生きていく惨めさを。生まれる前から存在する、誰が作ったかもわからないルールに従う愚かさを。生まれや血の違い、才能で変わる人生の不平等さを。挙げたらきりがない、世界の、この空の不条理を!」
そこまで諸手を広げて語ったズーデル。だが、その顔はすぐに冷め、手はだらりと下される。
「ああ、違うな。あんたは現状の支配階級という充足に胡坐をかいたんだ。ためらうなんて言い訳に逃げたんだよね。その程度の人間だったってことだ」
ズーデルから威圧的な風が吹き荒れた。
「けど、俺は違う!」ブレスレットが二つ輝く左腕を掲げ、握る。「俺は支配を越える! 時軸すらも支配できない、新しい空を造るんだよ!」
「新しい、空……なんて」
「否定は許さないよ、舞い花ちゃん。太古の一族は思考の箍に縛られて、時軸上、つまり異空での世界創造に留まった。その真似をした遊界人もさ。意味、わかるよね?」
「……」
あらゆる世界の中に生きる一族には、各々の民に思考の箍が存在する。自身たちでは思い至らない考え。外れることは証明されているが、たとえ異世界人により可能だと説明されたとしても、そう簡単には外れないものだ。
例えば渡界人ではナパードに関する箍がある。手を触れていないものを跳ばすことはできない、というもの。今現在その箍を外せているナパスはセラと、『夜霧』のフェースだけだ。ゼィロスや生存する民にどれだけ説明しても、可能にする者はいなかった。兄弟子のエァンダですらだ。
思考の箍が古い人間たちにもあるのは不思議なことではない。それが現代に生きる人間から外れているということも。
この異空とは全く別の場所に、世界を造る。
不可能ではないのだろう。
ズーデルの過去に大きな理由があって、その理想を掲げることも、セラが否定していいものではない。ヴェィルと同じだ。
やり方が、間違っているのだ。理想と命の天秤が狂っている。
瞳に宿るエメラルドが濃さを増す。
「その理想のために、お前はいくつの命を犠牲にする気だ!」
彼が青雲覇王としてこの二年ほどで起こしてきた争いを、セラはセブルスとして多く耳にした。隠れた身でありながらも、関りを持ったこともある。
多くの者が命を落とした。
戦った者、巻き込まれた者。数えきれない、かけがえのない命だ。
「ズーデルっ!」
フォルセスを抜くとともに、セラはヴェールを迸らせた。