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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第一章 ホワッグマーラの変
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38:揺動

 ユフォンが言い終えたと時を同じくして、コロシアムがずどんと重々しく揺れた。

 客席も貴賓席もどよめいた。

 続けてもう一度、揺れた。

 ずどん、ずどん、ずどん……。

 揺れは連続し、ついに客席から悲鳴が上がった。その声一つをきっかけに、混乱は好機とばかりに人々の頭に入り込む。

『皆様! 落ち着いて! 落ち着いてください! コロシアムは安全です! 多くの魔闘士によって守られています! 落ち着いて、席を立たず、待ってください!』

 ニオザのアナウンスが会場に響き渡るが、その声が真の意味で耳に入っている人間は限られた少人数だった。ユフォンが貴賓席から見る客席は、人の荒波だった。

 貴賓席でも、周囲に控えていた各都市の帝の付き人たちが出てきて、混然としていた。

「どうしちゃったんですかぁ、これ~……」

 ヒュエリが不安のままに声を上げる。その声に重なるようにマグリアの帝を呼ぶ声がした。

「ドルンシャ様っ!」

 それはドルンシャの老執事のものだった。

「ジイヤ!」

 ジイヤは揺れる床をものともせず颯爽と主のそばに駆け寄り、あちこちで悲鳴や怒号が飛び交う中、そっと抑えた声で告げる。辛うじてユフォンにも聞き取れた。

「フェズルシィ様が、分化を解いてしまわれました!」

「えっ……!」

 声を上げたのは、ヒュエリだった。驚愕以上に、今にも泣きだしそうな涙目だ。

 しかしまだジイヤの報告は終わらなかった。それはヒュエリに追い打ちをかける言葉だった。

「障壁のマカはすべて消滅。敵襲です! 『白雲』と思しき者たちの、襲撃です!」

 ユフォンは隣の師を気にしながらも、確認するようにドルンシャに目を向ける。「ズーデルの名は本物!」

「っは……ああぁ…………」

 ヒュエリはその場で崩れ落ち、顔を覆った。

「ごめ、ご、ごめん、なさい……わたしの、せい………‥」

「ちょ、ヒュエリさん? え、どうい……ちょ、ドルンシャ帝っ!?」

 整理の追い付かないユフォンとは違い、なにやら事情を知った様子で冷静なドルンシャはヒュエリの頭に手を置くと魔素を流し込んだ。すると、司書は脱力した。それをジイヤがすかさず抱き留めた。

「ユフォンくん、説明はジイヤがあとでする。今はジイヤと一緒にヒュエリ司書と安全な場所へ。最悪の場合に備えて、やってほしいことがあるんだ」

「…………」

「安心していい、ヒュエリ司書に責任はないよ。だからといってフェズルシィにもない。好奇心を責めることはできない。……ジイヤ、二人を頼む」

「かしこまりました」

 ユフォンがなにも言えないまま、ジイヤの瞬間移動のマカにより、三人はコロシアムから消えた。



 ホワッグマーラが揺れる少しばかり前。

「それが本当の話ならば、連盟として異空の脅威への対抗の協力はいとわない」

 ゼィロスは狼の死体で囲まれる雪原で、背後に現れた男と対峙する。

 薄手の鎧を身にまとい、紫色の髪をマフラーのように首に巻いた知的な目をした男。

 グース・トルリアース。

 今はなき『白輝の刃』の知将。その肩書こそなくなれど、その知略策謀に衰えはない。今もまたなにか別のことを考えている可能性を、ゼィロスは拭えない。

 なにしろ、彼の腕にはブレスレットがない。誰かほかの参加者に移ったということも考えられるが、身なりを見る限り戦闘を行った様子はない。秘密裏にホワッグマーラへ入っているのかもしれない。この男なら不可能ではないだろう。

 ゼィロスの訝る視線にグースは腕を示した。

「大会には参加していませんよ。ですが、正規のルートでこの世界には入っていますから安心を。当然武器は布の中に隠してますがね」

「戦闘は確実ということか」

「ええ。今しがたしたのは本当の話ですからね。もちろん裏はありませんよ。純粋に協力を求めています」

「ならばなぜ今なんだ。連盟へのパイプを持っていながら。俺が参加していなかったらどうするつもりだった」

「違いますよ、ゼィロス殿。あなたの気配を探ったらこの世界にいたのですよ」

「だとしても、もっと前もって協力を求めるべきじゃないのか? こちらにも準備の期間がいる」

「準備されては困るんですよ」

「なに?」

「大会の中止や警戒のより一層の厳重化が行われれば、我々の好機を逃すことになりかねない。大きな目的を果たそうとするとき、人は細かいところまで入念に準備する。そして細部まで目を向けるほどに、見えなくなる部分が出てくるもの。ない頭を使って練った作戦でできたせっかくの隙を、見逃してあげるほど無能ではないのでね、私は」

「……」

「この世界の戦力への信頼がある、これも加えておきましょうかね」

「……わかった。しかしそうなると、彼の目的――」

 ゼィロスの言葉の途中で、断続的な揺れの第一波が押し寄せた。

「はじまったようですね」

 言ってグースは、懐から真っ白な布、煌白布を出し身体の前で翻す。すると彼の両手にはそれぞれ剣と盾が握られた。

「少数ですがデラヴェスをはじめ、こちらも兵が来ます。彼らには攻め入ってくる『白雲』たちの相手を頼んでありますから、我々はズーデルを」

「わかった。掴まれ」

 ゼィロスはグースに肩を許した。

「『異空の賢者』の渡界術とは、光栄です」

「すまんが寄り道するぞ」

「ええ、構いませんよ。行先はおおよそ見当がついてますし、時間もかからないのが渡界術ですからね」

「ふん」

 雪原に再び赤紫が散った。

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