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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
最終章 百色万花
381/387

377:想起

 セラは幻影の相手の最中、時折キノセにも攻撃を加える。それを護るように割って入ってくる幻影。距離を取るキノセ。

 戦いの場は次第に地上へと移っていった。浮遊に要する力を戦いに向けるためだ。それは微々たるものかもしれないが、それでも、それほどにセラもキノセも想いを果たしたい一心だったのだ。

 かなりの時間が経った。しかし灰色の景色が時の感覚を狂わせ、体感の上だけなのかもしれないとセラは思う。

 静かなミャクナス湖に、三つの吐息。そのどれもが、粗い。一度の行動に、一つの小休止を挟むという展開が続いていた。

 今、幻影のセラが動いた。セラはそれに立ち向かうように駆け出す。

 二人の碧きヴェールが尾を引き、湖畔で四羽の鳥が鳴く。

 セラも幻影のセラも、すぐに相手から離れるように足を捌く。その時、セラは浜に足を取られ、膝を着いた。

 その隙を幻影のセラは見逃さない。ぐっと足に力が入ったかと思うと、身体をセラに向けて動かした。オーウィンを映したウェィラを振り下ろす。疲労に精彩を欠いた大振りだが、セラもセラで蓄積した疲労に防御の体勢に入れなかった。

 だからナパードをしようとした、その瞬間。

「ぁっ!」

 ヴェールが消えた。想造の力が尽きた。

 勝機に見開かれた幻影の自分と目が合う。そのサファイアにはまだ碧が揺らめいていた。

 キノセの想いが、勝った。

 セラは目を閉じた。

 諦めではない。この刹那に、想いと向き合う。ここまで来たら、咲かせるしかない。

 想いを膨らませる。


 ――膨らめ。


 ――間に合え。


 ――最後まで、止まるな!


 しかし彼女の感覚は刃が頭長に迫り、白銀髪に触れたのを感じ取った。


 ――終わってしまった。


 ――ごめん、みんな。


 ――ごめんね、キノセ。


 鼻の奥に痛みを覚えるセラ。それと同時に空を斬る音が眼前を通り過ぎた。

 充血し潤みを帯びサファイアを開くと、オーウィンの影を失ったウェィラが視線の先にあった。

 ヴェールが失せた幻影のセラが目を瞠り、セラと同じくウェィラを見つめて硬直していた。

 二人は同時に互いにサファイアを見た。そこからは一瞬の攻防だ。

 セラは身体に力を込め、こちらもオーウィンから戻ったウェィラを逆手に持ち替えて振り上げた。

 幻影のセラはウェィラを振り下ろした体勢から、そのまま右手のフォルセスを振るった。

 首を狙ったフォルセスをセラはウェィラで受け、弾き返す。その拍子にウェィラは握力の弱ったセラの手を離れた。

 両手でフォルセスを握り、立ち上がりながら振り抜いた。

 首に碧い直線が刻まれた幻影のセラ。その身体が花びらとなって崩れ消えた。セラはその花たちの隙間に見えるキノセをキッと睨みつけると、崩れる花をその身に被りながら駆け出した。


「キノセぇ!」


「ジルェアスっ!」


 想いのままに互いに名を叫び合う。

 最後だと思う。

 これで決まる。

 キノセが腕を震わせながら上げて、指揮棒を力いっぱい振り下ろした。

 大きな音の塊がセラに向かってくる。

 セラは走りながらフォルセスで迎え撃つ。斬り裂いた音が浜に落ち、砂を跳ね上げる。

「ふっ!」

 キノセが小さな音塊を続けざまに三つ放った。セラは順繰りに対処しようとフォルセスで一発目を弾くが、そこまでだった。二発目をうまく弾けず、フォルセスの刀身が大きく震えた。握力の弱まりに拍車を掛けられ、三発目の音が彼女の手に当たったその時、フォルセスは滑り落ち、砂浜に立ち尽くした。

 それでもセラは愛剣を拾おうとせず、そのまま走り続けた。

 キノセが近づく。目前だ。

 その彼が震える手でセラの足元に照準を合わせていた。

 音が放たれる。

 狙いは外れ、彼女の手前の砂浜を小さく穿った。だがそれだけでも充分な効果があった。セラは小さな窪みに足を沈め、がくんと体勢を崩した。

 前のめりになった。

 浜が迫った。

 止まる。

 止まるわけにはいかない。


 ――止まってなんて(ゼィグ)いられない(ラーシス)


 一歩踏み出し、力を振り絞って耐える。

 そのまま力を浜に伝えて、前に倒れ込むように飛び出す。腕を引きながら顔を上げ、キノセを見据えた。

 どこか悲しげに目を瞠ったキノセと目が合った。

 それも束の間、セラの拳がきれいにキノセの頬に入った。

 どさっと、二人並ぶように、浜に倒れた落ちた。



 うつ伏せのセラ。仰向けのキノセ。

 セラの背中も、キノセの胸も上下する。

 二人とも意識があるまま、動かない時間が続いた。

 セラが先に動いた。腕に力を込めて、立ち上がる。汗や血に張り付いた髪や砂もそのままに、彼女はキノセに手を差し伸べた。

 キノセは五線の瞳を動かして、セラの手を見た。

 それから彼の手が伸びてきて――。

「……っ!」

「ぃたっ!」

 セラの手ははたかれた。

「……俺に、その手を取る資格はないだろ」

「……それを言ったら」

 セラは屈んで、無理矢理にキノセの手を握った。

「わたしだって、手を差し伸べる資格なんてないよ。けどっ……わっ!」

 キノセを起こそうと手を引っ張るセラ。しかしうまく立ち上がれずに尻餅をつく。

「なにやってんだ、お前は」

「キノセが立とうとしないからでしょ」

「……一人で立てる」

「またそうやって! 一緒に――」

「平気だ、もう」

「だから――」

「変わったのか?」

「え?」

「俺はもう、お前の隣に立ってる」

 セラの頬が小さく綻ぶ。「キノセ……」

「そしたらなにかが、変わるんだろ、お前の中で……セラ」

 微笑は笑みに変わり、セラは頷いた。

「うん」

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