37:とある参加者の名前
「ドルンシャ帝、お話があります!」
貴賓席に向かってユフォンは叫んだ。近場にいた警邏隊にその身を掴まれながら。
帝や警邏隊の長、開拓士団の長たちだけでなく、周囲にいた観客たちも何事かと筆師に視線を向けはじめていた。
「わたしからもお願いします! ドルンシャ帝! とても重大なお話です!」
道すがらにユフォンから事情を聞き及んだヒュエリも加わり、子弟はさらに注目と警戒を集める。
「聞こう!」
ドルンシャは警邏隊たちに目配せして、二人への警戒を解かせる。
そして席を立ち二人の元へ向かおうとするドルンシャ。その時、隣の席のボリジャークが座りながらに彼の腕を掴んで引き留める。
「帝がそう容易く、平民に応じるものではないな、ドルンシャ」
「ボリジャーク帝、あの二人は信用できる。それに平民に収まる器でもない。離してください。それとも、なにかやましいことでも?」
二人の帝が静かに睨み合う。
静かなのに、その光景はユフォンとヒュエリの叫びの登場より、周囲を騒然とさせる。
一触即発。
誰もが息を呑む殺伐とした空気が辺りを包み込む。
「ふん、勝手にするがいい」
一転、ボリジャークは小さく笑い、ドルンシャから手を離した。
ドルンシャはその態度を気にしながらも、ユフォンとヒュエリの元へ向かってきた。その移動の最中、彼は警邏隊や貴賓たちに優しい目配せをして、問題はないことを伝える。
そうして二人の前にきて、声を潜めて問う。「どうしたんだい?」
ヒュエリがユフォンに視線を向ける。
ユフォンは一呼吸置いてから、口を開く。
「ブレスレットを持っていない相手に挑んでくるただのもの好きかと思えば、俺を測るか」
プライは二本の細剣を下す。
「隻翼のプライ。八羽のジュランが唯一背中を任せられる者。今はどうやら弱っているようだ。いいデータは取れない」
プライが相手をするのは、螺旋頭の男だ。懐から白いハンカチを取り出す。
「…‥お前はっ、『白旗』!?…………なにを――」
プライの視線は一瞬、川の上流に目を向けてから、男を睨んだ。
身体の所々が煤で汚れている。まるで『太古の法』でも使っているかのように、息が荒く、肩の上下が激しい。
「天才魔闘士、こんなもんか?」赤い目を鋭くしてギルディアークの魔闘士は鼻で笑った。「ヌルいな、他都市の魔闘士ってのは。これなら、こいつらの助けもいらねえな」
二人を囲む白雲の装束たちは一向に戦いに加わる気配がない。
「よかったな、邪魔するなって望みが叶ってる」
「っんー……」フェズは歯がゆく、苛立つ。「本気じゃないんだよ。馬鹿にするなっ」
「負け惜しみを。なら、本気出してみろよ。言っておくが、俺だってまだまだ序の口だぜ?」
「あっそ。知らないし、そんなの」
フェズは大きく息を吐いた。
「おいおい、興味あったんだろ、俺たちボリジャーク様直属の魔闘士に」
「もうない。お前なんかより強くて面白い奴はたくさんいるし、もう、本気出すし、俺」
「はぁ?」と片目を大きく見開いて馬鹿にした笑みを見せる魔闘士。
「帝様、司書様。約束は破られるんだ。ズィプもそうだったし」
訝る魔闘士。「なにを言ってる?」
「安心しなよ、お前ごときに『太古の法』は使ってやらないから」
「!?」
赤目が、衝撃に、見開かれた。
プライは男の首を、交差させた二本の剣で挟みながら問い詰めた。
「――ズーデルはなにを企んでる!」
ユフォンは真っすぐとドルンシャの淡い紫の瞳を見つめた。
「参加者の同意書の中に、青雲覇王の、ズーデルの名前があります!」
フードの男が森で立ち止まる。
空を見上げる。
フードの奥から真っ青な瞳が、迫力を持って覗いていた。
「そろそろかな」
男は懐から真っ白な布を取り出して、自らを華麗に包み込んで姿を消した。
布が何事もなかったかのように、空に舞い、それから朽ちて、跡形もなくなかった。
サブタイトルを任意の場所に入れられるのなら、この回は『ズーデル』というサブタイで、プライとユフォンのシーンの後にタイトルを入れるのが理想であった……。
良い悪いはともかく、あと、ありがちとかいうこともさて置いて。結局はそれが粋な演出で、ワクワクするものだと御島は思うのであった。