365:騎士と指揮
「おっ、来た!」
ユフォンがフェズを動かすための方法を考えている最中、暇を持て余していたズィーがその手にスヴァニを現した。
ユフォンはフェズの耳を手で塞ぎながらズィーに対応する。
「ズィードから聞いたけど、もう君の剣じゃないだろスヴァニは」
「『紅蓮騎士』の剣だ。死んだって『紅蓮騎士』に変わりないだろ?」
「そんなこと言って、ズィードが戦いの最中だったらどうするんだい」
「大丈夫だろ。スヴァニは『紅蓮騎士』の剣だけど、スヴァニを持ってることが『紅蓮騎士』ってわけじゃない」
「小難しいことを言うね、らしくもない」
「なんだよ。しょうがねえだろ、やることねえんだし。てか話してる場合なのかよ。どうなんだよ、フェズは。てかさっきからなにやってんだ? 耳なんか塞いでさ」
「いや、キノセが文章を音にしてフェズを動けなくしてるのかと思って」
「文章を音に?……ってキノセ!? なんでキノセがそんなことすんだよ!」
ズィーは霊体にも関わらずユフォンに掴みかかってきた。その手に握られたスヴァニが危うくユフォンを傷つけるところだった。
「それはっ……キノセが、今は敵だからで……」
「敵ぃ?」
ユフォンはズィーを押し離す。
「そうだよ。いいかい、僕も本当のところ詳しいことは知らないんだけど、キノセは敵だ。僕の目の前でホワッグマーラのみんなを……」
ユフォンは思い出して拳を強く握って、でもすぐに、首を横に振った。
「まだだ。まだみんなが死んじゃったなんて決まってない。キノセだって……そうだ。本当の本当は、僕らの友達のままなはずなんだっ……!」
頬を伝うものをユフォンは感じた。それを拭おうと頭を下げ、手の甲を近付けようとしたところに、頭をはたかれた。
「俺がいれば勇気が湧いてくるんじゃなかったのかよ。泣いてる場合か」
ズィーはスヴァニを肩に乗せ、部屋の出口へと向かい出した。その背中に、ユフォンは戸惑いと共に呼びかける。
「ズィー?」
「ジュメニさんたちがどうなったのかは、俺にだってわかんねえけど。キノセがどう思ってんのか、今から確かめてくっからよ」
にっと笑った『紅蓮騎士』が振り返った。
「ちょっと待ってろ」
そしてまたユフォンから顔を背けた彼は、怒りを含んだ低い声でぽつりと言った。
「俺も一発殴んなきゃ気が済まねえしな」
そして紅の花が舞った。
キノセは物足りないと言った。
認めたくはないが、偽りのない状況把握だった。
テムはプライを見やる。膝をついた隻翼の戦士が、テムを見返してきた。テムは天涙を杖にしてなんとか立っている状態だった。
修行でどうこうなる飛躍ではない。ヴェィルの力を受け、キノセは四十年の眠りで得たテムたちの力を凌駕していた。努力を嘲笑う力。努力の欠片もない力。
四十年という歳月はいったいなんだったのか。キノセにはキノセの苦しみがあったのかもしれない。だからといって、労せず得た力に屈する自分にテムは怒りすら覚えていた。
「騒がしいな」
不意にキノセが呟いて、半歩横に動いた。
「キノセぇ!」
花が咲く音。それよりも大きいな怒りの声。
キノセの背後に現れたのは、今では年下となったナパスの英雄だった。真っすぐな太刀筋が真横を通り過ぎ、キノセが距離を取ると、そこに紅き花々を引き連れたズィプガル・ピャストロンが剛として立っていた。
「ズィプ兄っ?」
「よっ、テム」にかっと笑い、テムに手を上げて見せるズィー。「久しぶり」
「相変わらずうるさいな、ズィプ」
キノセに話しかけられると、テムから視線を移し、鋭い目つきで五線の瞳を睨んだ。
「お前は変わっちまったみたいだな、キノセ」
「死ねば人も変わる」
「死んだ? 生きてんじゃねえか。俺じゃあるまし」
「そうやって呑気に死ねたらどれだけ楽だったか……ズィプ、死人は静かに眠ってろよ」
指揮棒をズィーに向けるキノセ。対するズィーはスヴァニを構えて首を傾げた。
「結局……生きてんのか、死んでんのかどっちなんだよ」
「墓の中は暇だろ、帰って考え続けてろっ」
ズィーに向かって音波が飛ばされた。ズィーは身体を淡く輝かせる。
「まあそりゃ、そのうち帰るけどよ。その前にお前を殴る!」
スヴァニを振り上げると、大きく空気が動いて唸り、キノセの音塊をかき消した。しかし次の瞬間、キノセが指揮棒を振ると、ズィーの起こした風鳴が彼自身に襲い掛かった。
「うわっ!?」
ズィーはその戦いの感性からか、危うくではあったがその攻撃を大きく飛び退くことで躱した。
「うるさいお前じゃ、俺の相手は無理だな、ズィプ。だが、そこの二人より厄介なのも事実。俺も少し本気を出す」
キノセは言いながら指揮棒を振り上げた。
「界音楽団独奏会」