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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
最終章 百色万花
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360:一縷の想いなし

 煙の量に応じて、感情が薄れていく。弟子たちを逃がすまでになくならなかったことに、ケン・セイは安堵を覚えた。見境なく攻撃してしまう恐れがあった。それが鬼というものだから。

 鬼とは心を持たぬもの。

 今は亡きヅォイァ老人に教えを受けたのは四十年前。体感では数年前だ。



 ~〇~〇~〇~

「神容はデルセスタ棒術のなかでも秘伝のもの。本来ならば部外者には教えないものだ、ケン・セイ殿」

「そのものはいらん。俺のものにする。ほしいのは、肉体を異常なまでに活性させる術」

「『闘技の師範』であるあなたでも、きっと苦労する」

「能書きはいい。すぐ、はじめる」

「……では、心持ちから説こう。きっとあなたには退屈だ。むしろ、これを乗り越えることが一番の苦労になるやもしれんな」

 ヅォイァは不敵に笑んだ。ケン・セイはその態度をまどろっこしく思い苛立ったが、教えを乞う身として口にも態度にも出さなかった。

「いいかな、ケン・セイ殿。まず、鬼とは心を持たぬものだ」

「鬼心? 俺が知りたいのは、神容」

「鬼心と神容は共にあるもの。悪いが共に学んだ身として、俺にはその伝え方しかできない。ただきっとためになる。聞いておくべきだ」

 ケン・セイは唸りに似た声を出し、渋々頷いた。

 ~〇~〇~〇~



 事実、鬼心に関する講釈も、神容そのものを闘技にするにあたり、ケン・セイには役に立った。むしろそれがなければ、鬼の組の完成はなかっただろう。

 もう戦いに対する楽しみも薄れてきた。自分の想いの根本であるそれすらも無くしてしまう。それだけがケン・セイにとって残念なことだった。異空のため、なによりセラのためでなければ、こんなことはしなかっただろう。敵の左耳の水晶。どれだけ心を失くそうとも、この手に納める。

「どれだけ大きな力を持とうとも、想造を絶する力の前では無力だ」

 ただそれは最後に思い出せばいい。

 今は心を無に。

「鬼、心持たない。無心の境地に、一縷の想いなし。すなわち、その力……神をも穿つ」

 鬼となる。



「神? ふざけたことを。俺はそんな下等なものでは、っん!?」

 ヴェィルは腹に強い衝撃を受けて口を閉ざした。動く気配など全く感じなった。それでも目で見ているものが事実だ。

 敵を懐に許し、拳を甘んじて受けていた。

 想絶によりその力を無に帰そうとしても、なにも起こらない。仕方なく後退する。

 男を見ると瞳に白がない。神となった者の目を思わせるが、どちらかと言えば獣のようだった。そこには思考が存在しない。波も粒子もない、ただの肉の塊とも言える。

「……なるほど、一縷の想いなし、か。考えたものだ」

 想いから生まれる力を絶つのが想絶。ならば元をなくせば、関係ない。そういう意味でこの男はさっきの言葉を吐いたらしい。

 想絶に対抗する力を持つ者が新人類から出てきたことに驚く。いいや、新人類ならではなのかもしれない。ただこれほどのことができる者などそういないだろう。厄介払いは早いうちにしておく。特異な存在との戦いを引き受けるのも、総代の務めだ。

「いいだろう。それなら、純粋に優劣を見せつけてやろう」

 ふーっと口の端から息を吐く敵。ヴェィルに向かって跳びかかってくる。不意を突かれた初手とは違い、今度は反応する。読むべき気配、感情がなくとも戦えないわけではない。

 繰り出される男の拳を、足先で絡めとり湖畔に沈める。砂塵が巻き起こる。さっきの一撃での負傷はとうに回復しているが、やはり男の攻撃は凄まじい威力だった。

 男はすぐに身体を起こし、拳を突き上げてくる。だがヴェィルはそれよりも速く、拳を振り下ろし男の頬を殴った。

「っ?」

 拳を振り抜けなかった。男の皮膚が別段硬いわけでも、当然、波や粒子の類を使っているわけでもない。ただ耐えていた。男は歯をむき出しにし、ヴェィルを睨みながら耐えていた。

 一瞬止まったヴェィルの手首を男が掴む。そしてぐっと引き込まれ、反対にヴェィルが顔面に男の膝を受けることになった。

 鼻が折れた。すぐに治る。そんなことを気に留めている暇はなかった。男に頭を鷲掴みにされ、また顔に膝が刺さる。そして頭を持たれたまま、湖に向かって放り投げられた。

 水の抵抗を何度か身体が受ける。些細な衝撃だ。そうしてヴェィルの身体が止まりかけたとき、男が宙を駆け彼の上で踵を振り上げていた。



 ミャクナス湖に大きな水柱が上がった。

 プライは上空から次元の違う戦いを見ていることしかできなかった。もしもの時に助力をしようと留まっていたが、その必要はなさそうだった。獣に人間の戦闘技術を覚えさせたようなケン・セイの動き。あれに合わせることもそもそもできないが。

 相手がヴェィルだということを忘れさせるほどどの心強さが、今のケン・セイにはあった。

 離れても大丈夫だろう。そう判断し、プライは他の仲間たちの助けへ向かおうと、次元を超えた戦いから視線を逸らした。

 各地で戦闘が繰り広げられている。

「ん?」

 プライは城下町の戦闘に異変を感じて目を細めて訝しんだ。

 青髪の男が敵だった。湖畔から離れたケン・セイの弟子たちやコクスーリャが中心となって立ち回っているが、彼らが相手にしているのは青髪の男だけではなかった。

 戦士たちだ。

 連盟の戦士たちが仲間に向かって攻撃を加えているのだ。仲間同士で争っているその姿をよく見ると、一部の戦士たちに共通するものがすぐに見つかった。

「包帯……?」

『夜霧』で包帯に関わる者と言えば、髑髏博士クェト・トゥトゥ・スがすぐに思い浮かぶ。しかし知り得ている情報によれば、彼は自身が殺したものをその包帯に包むことで死体を操る。しかし城下町を見回しても、特徴的な頭蓋の仮面は見当たらなかった。

 気配を探りたいところだが、プライは目的の気配をそもそも知らなかった。歯痒い。だがそれで道がないわけではない。

 プライは城下町へ向けて下降していく。

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