357:アレス参戦
アレスが王城の外に出ると、すでにエレ・ナパスは彼女の知るものとは違ったものだった。至る所で戦火が上がっていた。感じる敵意の数は戦士たちに比べて圧倒的に少ないが、その気配の大きさは一つ一つが異常なまでに大きかった。もっと戦士が必要だ。現状では数の有利が意味をなしていなかった。そのうえ奇襲を受けたことで、今いる戦士たちは混乱し、うまく指示系統が機能していないようだった。
なんのための準備だと心の中で悪態をつきながらも、サィゼムを抜き、アレスは一番近くで攻撃を受ける戦士の集団の中心に、剣を投げ込んだ。雲を散らし、仲間たちと敵の前に現れる。
「おぉ、ちょっとは骨のありそうなやつじゃん」
迫る大鎌を受け止めるアレス。
「大鎌……あんたスジェヲだろ」
アレスが大鎌を押し返すと、赤い長髪を後ろでまとめた男は飛び退いて距離を取った。鋭利な笑みを浮かべるその男に、アレスは続ける。
「羽はどうしたんだい。鎌と羽があんたの特長だろ?」
「元の姿に戻ってまで、あんなのいらねぇっしょ」大振りで大鎌を肩に乗せる男。「ま、こいつは長い間使って慣れちまってたからな」
「じゃあ、スジェヲで間違いないんだな」
「ああ。ま、俺はお前の名前なんかには興味ないけどな。ちょっと楽しませてくれればそれでいいし」
「アレス・アージェント。あんたを殺すんだ、覚えとけよ」
「生意気っしょ!」
スジェヲが大鎌を携えて駆け出す。
啖呵を切ったはいいが、相手が姿を取り戻した想造の民だということに、アレスは引っ掛かりを覚えていた。嫌な考えが過る。ただそれがここで戦いに全力を向けない理由にはならない。
一度長く息を吐き、アレスはスジェヲを見据えて、サィゼムを前に構える。そして周囲の戦士たちに言う。
「半分はおれの援護。他は落ち着いて、自分が取るべき行動を考えろ!」
「おいおい、差しの殺し合いじゃねえのかよ!」
大鎌を回転させながら放るスジェヲ。鎌はアレスではなく周囲の戦士たちを狙っていた。
「お前ら自分たちでなんとかしろよっ」
アレスは鎌の行き先を一瞥して叫ぶと、手ぶらとなったスジェヲに駆け出した。
「差し? それで勝てるって思えるほど馬鹿じゃないんだよ!」
大きく身体を開くようにしてサィゼムを後ろに引くアレス。スジェヲが拳で反撃しようと動きはじめた。それを確認すると、サィゼムを手放し、スジェヲの繰り出した拳を潜って躱す。そのまま敵の後ろに出て、肘で脇腹の後ろを突いた。
「っく」
スジェヲが身体を反転させながら拳を振るうが、その瞬間にはアレスは雲を散らして消えていた。当然、彼女の出た先はサィゼムのところだ。また敵の背後を取った形となった。そして今度は剣をその背中に振り下ろす。
「ふんっ!」
突如としてスジェヲの頭の上に大鎌が現れ、スジェヲが両手で握るその柄にアレスの攻撃は受け止められた。
「お前たちが相手にしてるのがどんな存在なのか、思い知らせてやるっしょ!」
サィゼムを跳ね上げ、赤き閃光と共に消えたスジェヲ。今度はアレスが背後を取られた。すぐに反応して振り向いたアレスだったが、大鎌ではなく電撃混じりの衝撃に大きく吹き飛ばされた。
「くあっ!」
「よっと」
荒々しくアレスの身体は受け止められた。それも、空中で。
「平気か、ねえちゃん?」
そう彼女のに声をかけてきたのは、天原族の特徴である羽根っ毛を持つ男だった。アレスを抱きかかえながら、六つの翼を羽ばたかせ、ゆっくりと地面に降りる。
「ああ、平気。ありがと」アレスは地に足をつけながら礼を言う。「えっと、ジュランだよな? 八羽の」
「どこかで会ったか?」
「セラ様の知り合いだ」
「あ~あ」
納得したのかしていないのか、笑みを浮かべて肩を竦める八羽の男だった。
「会ったことねえってこといいのか? 小難しい言い回しするな」
「セラ様繋がりってわかればそれで充分だろ」
その時、空から声が降ってきた。
「ジュラン」
アレスが見上げると、隻翼でうまいこと飛行する長髪の天原族の姿があった。プライ・ドンクバだ。そしてアレスはその折に、ミャクナス湖の方の空が、雲ではなく空そのものが渦巻いていることに気が付いた。
「俺は渦の方へに行く」
「ああ、俺はこのねえちゃんと大人の親睦を深めるから、むしろそうしてくれ」
「アレス・アージェント」
プライがジュランを半ば無視し、険しい顔でアレスを名指しした。面識はないがどうやら彼の方もアレスのことを知っているらしい。アレスは彼と同じく堅い表情で見つめ返す。渦について聞きたいが、きっとプライもわからないからこそこれから向かうのだろうと、呼びかけに対してだけ答える。
「なんだい?」
ふっと雰囲気を軽くするプライ。
「ジュランになにかされたら蹴飛ばしていい」
「ふっ、わかった。そうするよ」
表情を綻ばせたアレスの返事を待って、プライはエレ・ナパスの空を翔けていった。
「天邪鬼な女は嫌いじゃないぜ?」
「いきなり蹴られたいのかい?」
「っけ。つれねえな。ま、戦いの中で惚れろよ」
ジュランがアレスの前に出て、刀身の細い剣を構えた。力をいい具合に抜いて、切っ先をひらひらとさせる。
「ほんと、蹴るよ」
アレスはジュランの隣に出て、サィゼムを構える。