35:黒の参加者
紫色の楕円球。
廃れた集落を抜けた先の他愛もない森の中、異質な空間の裂け目があった。その中にフェズの腕輪から出た光が、差し込んでいる。
「どうせなら君ももう一つ、集めればよかったのに」
フェズはセラの左腕にある六つのブレスレットを見て、不思議そうに肩を小さく竦めた。それに対してセラは神妙に返す。
「なんか、嫌な感じがするんです。こんなに上手くいく感じじゃなかったので」
「ん?」
「勘が外れることは、当然あるんですけど。なんか、むしろ不穏な方に、勘が強く働いてて」
「……勘」フェズがよくわからない、自分には関係ないといった様子で言う。「そんなに気にすることか?」
「確かに、意思決定の参考の一つ程度なんですけど、わたしくらいの勘じゃ」
「勘」
フェズとは違い嘲った声が二人の頭上からした。
気配を感じなかった。セラも、フェズもだ。
だが反応は全く違った。セラは身構え、フェズは棒立ちのまま上を見た。頭蓋が螺旋状になった男が、木の枝の上に足を組んで座っていた。
「そんなものを信じているなんて愚かだな、本物の『碧き舞い花』は」
「誰だか知らないけど、勘はれっきとした技術よ」
セラは男の腕にブレスレットが一つあるのを見て、フォルセスに手を伸ばす。ゴール直前の参加者を狙う作戦かもしれないと。
だが、男は彼女を手で制した。そして反対の手で懐を探ると、真っ白なハンカチを取り出した。首を傾けると、そのハンカチを自身の前で上に投げた。
ぱさりと音を立て広がると、ひらひらと落ちてゆくハンカチ。男の前を通り過ぎると男の姿は跡形もなく消えていた。そして二人の前にひらりと落ちた。
フェズがなんの警戒もなく手を伸ばす。
「フェズさん」
セラの呼びかけも虚しく、天才はハンカチを拾い上げた。すると、そのハンカチからさっきの螺旋頭蓋を持つ男が現れた。
やはり煌白布か。セラがそう思っていると、男はフェズからハンカチをかすめ取った。
「悪いね、フェズルシィ・クロガテラー。警戒心が薄いのは自信の表れだな」
ハンカチをしまい、懐から出てきた手。セラは男の手に黒い指輪があるのを見逃さなかった。
セラはすぐさまフォルセスを男の首筋にあてがった。
「お前は逃がさない」
「お前は、か。博士には逃げられたんだな」
「……やっぱり『夜霧』」
「そうだな。しかし、俺は逃げないから落ち着けよ、舞い花」男は刃を手でゆっくりと払う。「むしろ戦ってやる」
男の頭には螺旋に沿った溝があり、ちらちらと、連鎖する光が動いた。
「フェズルシィ・クロガテラー、お前も相手してやるから、かかってこい」
「いや、俺はいい」
フェズは全く戦いの雰囲気を察せず、紫色の楕円へと歩き出す。
「おいおい、マグリアの魔闘士は随分冷めてんだな」
唐突に、フェズの肩に腕を回す男。黒ずんだ青い髪と、瞳孔を黒く縁取られた赤い目のホワッグマーラ人だ。
「こうすりゃ、熱くなるか?」
いつの間にか、フェズの腕のブレスレットが男の腕に移っていた。全部で十三個だ。
フェズのクリアブルーの瞳はブレスレットではなく、魔闘士の手の甲に刻まれた、黒い眼の紋章を映して興味深げに輝いていた。
「ギルディアークの帝直属魔闘士ってやつか。別にそんなことしなくても、戦ってやるよ。興味あったから」
フェズは子どもじみた笑顔でそう言った。
「いいねぇ。ソルーシャ。クロガテラーは俺がもらうぜ」
魔闘士は螺旋頭にそう言うと、返答を待たずにパズルのように空間のバラバラし、フェズと共に姿を消した。
「俺は第一目標とやれれば問題ない。っは、聞いてないか。愚かな」
ソルーシャと呼ばれた男は魔闘士を嘲り、それから不敵な笑みでセラのサファイアを覗き込む。
「さあ、やろうか」
ちらちらとさっきに増して連続的に光るソーシャルの頭。
セラの知識にはない身体的特徴。この男はいったいどんな戦いをするのだろうか。