344:ユフォン対ジュンバー
まず、ジュンバーにはなにも書かせない。これは絶対だ。
いくら複雑だとは言え、ユフォンの情報を書き留めることができないわけではない。さらに言えば、結局のところ羽ペンの力は判明していない。ペンという形状である以上、書くことでその能力を発揮するのだろうと予測できる。
他に留意すべきことは、ジュンバーに関してはない。
あるとすれば、禁書館の奥へと入った二人だ。
ジュンバーが漏らした情報から、狙いは各世界の人々が保護されている禁書。考えられるのは、奪うか破棄するかだろう。
神々への恨みから、彼らの造った世界を壊すという目的を持っているヴェィルたち。模造された世界でも、許さないということか。それともほかに理由があるのだろうか。
「ぼけっとしやがって、余裕だなっ!」
ジュンバーの憤怒の声に、ユフォンはしまったと思った。思考に没頭し過ぎてしまった。ジュンバーに目を向けると、彼は手帳の中身をユフォンに見せつけてきた。強気の顔で。
『ユフォン・ホイコントロ、左脇腹に裂傷』
手帳にはそう書かれていた。ユフォンがそれに訝しんだのも束の間、彼は左脇腹に痛みを感じて押さえた。すると手は湿り気に触れた。見ると、服と触った手が赤く染まっていた。
脇腹から出血していた。斬られた。しかし衣服は無傷だ。
いつの間に。そう思ったユフォンだったが、すぐに答えに辿り着く。この傷はジュンバーによってつけられたのだ。今のがあの羽ペンの力だ。
「このペンで書いたことは絶対だ」
ユフォンの結論を正論にするのは、ジュンバー自身だ。本当に彼は、ユフォン以上に戦いというものを知らない。
「だとしても」ユフォンは呆れながら言い返す。「今は僕の注意が逸れていたから書けただけ。次はないと思うよ」
「俺は昔議事録をとってたんだぞ? 速記には自信がある」
さっき魔素に吹き飛ばされた男がどの口でそんなことを言うのか。ユフォンはさすがに憐れに思って溜息を吐いた。そんな彼を余所に、ジュンバーは得意気に続ける。
「お前は過去を書くことしかできない。けど俺は、このペンで未来を書くことができるんだよっ!」
その言葉にユフォンは眉を顰め、ジュンバーを睨む。
「なんだよ、羨ましいか? あぁ?」
未来を書くとジュンバーは言った。
「羨ましい? そんなわけない」
未来はそう簡単に決められるものではない。未来とは時軸の道しるべともいえる決定事項を除いた全てが未定のものだ。時軸がその時を迎えるまで、なにもないのだ。
ただ一人、唯一今は亡きフェルだけが未来想造として、未来を確実にすることを許されていた。それもヴェィルによって打ち砕かれてしまったが、彼女がそれを成しえていたのは、強い想いがあったからに他ならないだろう。それを、目の前の安い男に軽々とやられてたまるものか。それはフェルへの侮辱だ。
「君の筆は折らせてもらう!」
「っは、そんなこと言ってる間に……」
嘲笑気味に、ジュンバーは再び手帳をユフォンに見せてきた。そこには『ユフォン・ホイコントロ、瞬間移動のマカを失う』と書かれていた。
ユフォンはブレスレット見た。その瞬間、黒水晶にヒビに入り、砕け散った。
「!?」
「これでお前はここから出られない」
ジュンバーはそう言うが、ユフォンにとって禁書迷宮から出られるかどうかは大したことではなかった。瞬間移動で出ることは確かにできなくなってしまったかもしれない。しかしジュンバーは知らないのだろうが、それだけが禁書迷宮から出る方法ではない。迷ってしまっても、方法はいくらでもあるのだ。
だから今ユフォンが問題視するべきことは、ジュンバーがいつの間に今の言葉を手帳に書いたのかということだった。ユフォンはずっと彼を睨んでいたが、そんな素振りは見せなかった。
「速記……じゃないね」
ユフォンは考えを巡らせながら言葉を紡ぐ。そしてジュンバーがまた己から話し出すよりも前にその答えを導き出した。
「ははっ、なにが速記だよ、ジュンバー。それ、前もって書いてあったんじゃないかい?」
「な、なにを言ってんだ」
明らかな動揺が返ってきたところで、ユフォンはさらに攻める。
「せめて書く素振りは見せないと。どれだけ速く書けるといっても、全く目で追えないほど速く動けないだろ、君は」
「そ、そんなことないぜ? 現に今、お前は俺は書いた。それを見えなかったからって、言いがかりもいいところだ。それに、前もって書いてあろうが、今書こうが、未来を書くことに変わりはねえ! もうお前の未来は決まってるぜ、ユフォン・ホイコントロ!」
「それはやっぱり前もって書いているってことでいいのかい?」
「っは! そうだよ、それがどうした!」
開き直ったジュンバーは、手帳をめくり、別のページをユフォンに見せた。『ユフォン・ホイコントロ、右大腿部に刺傷』と書かれていた。そしてその通りに、ユフォンに右の太ももに血が滲んできた。
「結局のところ、お前の負けは決まってるんだ!」
「……っ」
ユフォンは痛みに耐えながらジュンバーの手帳を持つ手を狙って衝撃波を放つ。なにも書かないならペンを狙う必要はない。フェズを助けるという目的も、戦いに勝つという目的もあの手帳を狙うことで果たされる。