332:感情と計算
呪いの類か。だが、掛けられた感覚は全くなかった。
「もうなにもしなくていいのだ、ムェイ。解き放たれるんだ」
オルガから発せられる声が優しさを帯びたように感じ、それがムェイを苛立たせる。
迫る大群。一機相手ならどうにかなった。感情的にも、計算的にも。
もう諦めしか見えなかった。
「セラ……」アレスの掠れた声で呼ばれた。「ゼィグラーシスだろ……」
頭を横に振るムェイ。それしかできない自分に、目頭が熱くなった。解決策はない。不甲斐ない。セラならば、想造の力でアレスを救うこともできただろう。この状況を打開することもできただろう。
想いの力。
彼女は幾度もそうやって、逆境を超えてきた。
想いは計算を超える。
やはり自分はセラを模した人形にすぎないのだ。彼女とは別の人間として、自分も仲間たちも認識し受け入れてくれている。それでも事実として、機巧の身体は四十年の時を経ても変わらず、歳を取っていない。
結局はそういうことなのだ。
機械でもなく、人間でもない。
オルガにも及ばず、セラにも及ばず。
半端な存在。
不意に頬に温もりを感じた。アレスの手だ。弱々しく、震えていた。
「おれたちは……セラ様には、なれない」
まるでムェイの思考を読んだようにアレスはそう言った。
「なる必要なんて、もうないだろ。セラ様とは仲間なんだからよ。んでよ、セラ様の仲間として、恥ずかしくないような、ムェイでいろよ、お前は。おれも、まだアレスでいれるように、踏ん張る、から…‥よ」
力なく、はらりと落ちるアレスの手。その手をムェイは即座に掴み取った。体温が下がっている。このままではまずい。
死なせたくない。
失いたくない。
アレスはムェイを諦めていなかった。信じてくれている。
親友の想いだ。
諦めたムェイを引っ張り上げてくれた。的確な言葉。その想い。
応えたい。
どうやって。
セラみたいに、想いの力を膨らませて……。
違う。頼るのは間違いだ。
ムェイの、自分自身の力で、考えで、導き出さなければならない。
状況に騙されてはいけない。オルガとは同じ機脳を持っている。
感情は計算を狂わせるのかもしれない。反面、やはり計算を超えることもあるのだ。それならば、後者ならばむしろ、ムェイはオルガを超えることができるということだ。
感情の恐ろしさを、教えてやる。
「別れの挨拶は終わったか。ならば、再会の挨拶を考えておけ。あの世ですぐに会う」
「再会の挨拶?……そうね、考えとく。アレスが目を覚ました時のために」
「その希望は偽りだ。解放こそ希望だと、なぜお前の機脳は導き出さない」
「さっきから言ってる」ムェイはキッとオルガを睨み上げた。「間違いだからよ」
「故障か」
「そっちこそ、未完成」
「煽っても、俺を揺さぶることなどできないぞ」
「だから言ってるの、未完成だって」
アレスをゆっくりと寝かし、立ち上がるとオルガと向かい合う。
「お姉さんが感情を叩き込んであげる」