326:“は?”
ズィードはモェラの剣を見て小さく笑った。
「戦い嫌いなんじゃないのか?」
「『嫌い』と『できない』の違いもわからないなんて。ほんと、ノージェったらどうしてこんなののために……」
「おい、ケルバを馬鹿にすんなよっ」
「馬鹿にするのは肩を並べる者同士、親愛のしるしよ」
モェラは慈しみに満ちた顔で自分の身体を抱く。それから殺気の眼差しで義団を眺める。
「あなたたちこそ、下劣な失敗作のくせに慎みなさい!」
ノプルテノの草原に冷たい風が吹いた。明らかに気温が下がった。
ざっ……。
アルケンが後退りして草原を鳴らした。ズィードはすぐさま振り向いて叫ぶ。
「逃げろアルケン!」
アルケンの危機回避能力を持ってしても、その危機の察知に遅れがあった。モェラはズィードの前から消えるように駆け出し、すでにアルケンの背後に回っていた。剣を引き、アルケンの首筋に突き刺そうとする。
ポンッ!
軽やかな爆発音が耳に届いた。しかしズィードの意識はそこには向かわなかった。視線も合わせて、ネモに気を取られる。
ネモが叫ぶ。「ごめん急で雑になった!」
ネモの認知操作だ。夢で修業し、しかも今は極集中の状態。それでもあまりに急すぎたのか、仲間の意識まで自分に向けさせてしまったらしい。幸いにも、もしくはそこだけ意識したのか、竜馬で跳び出したシァンには効果を発揮せず、彼女はネモの方を向いたモェラを次の瞬間には蹴り飛ばしていた。
直後、ネモの力から解放されると、立ち上がろうとするモェラに向かってズィードはすぐに駆け出した。隣にダジャールが並ぶ。
「死に気をつけろ、ダジャール」
「上から言うな。どうせ理解してないんだろ」ダジャールは鼻を鳴らす。「俺は草原を目印にするから安心しろ」
ズィードを追い越し、獣人の膂力をモェラに向ける。
「俺はまだ腹の虫が収まってねえんだ! あのやろう、結局一人でやりやがってよ!」
「ふん、ふふふ、あなたたちなんて足手まといと思ったんでしょうね!」
「んっ!……ぐぬぅ」
驚くことに、ダジャールの拳はモェラの剣に受け止められた。女だ男だと偏見を持つことはしない。セラがダジャールを圧倒する光景だって過去には見ている。ただ、夢での修行を嘲笑われているような気がした。長い年月修行した、その事実をなかったことのようにされているような気が。
「わたしも戦いは好まなかったけど。それでもいつかあの日に戻るためには必要だと思ったの。愛した人と一緒に過ごすためなら、それくらいの犠牲はいとわない」
また慈しむような顔をした顔としたかと思えば、ころっと殺気に歪ませるモェラ。
「あなたたちとは戦いに身を置いてきた時間が違うのよ! 覆しようのないほどに!」
「時間がなんだ!」
ズィードはダジャールの脇から出て、スヴァニを振り上げる。
「ケルバと過ごした時間だって、お前の方が長いだろ。それでも! あいつは俺たちを選んだじゃないか!」
「は?」
低く冷たい声。モェラの足元から緑がなくなりはじめた。それを見て、ダジャールが他の仲間が集まるところまで身を引いた。ズィードはそのままスヴァニを振り下ろす。刃は目には見えない死を捉え、進行を止められた。
「あなたちを選んだ?」憎しみに瞳孔を開き、ズィードの奥深くまで覗き込むようだった。「は?」
「は?」
「は?」
「は?」
モェラは何度も首を傾げ続けた。隙だらけだった。それでもズィードはただモェラのまえに立ち尽くすことしかできなかった。
得体の知れないものへの恐怖。
明確にそれだった。この恐怖をズィードは知っていた。この恐怖を感じたのは二度目だった。
『面白そうなことしてるな、お前ら』
ケルバとの出会いが不意に脳裏に浮かぶ。