325:さすらい義団、臨戦
「やっぱ転生ってやつ、してたんだな」
ズィードはケルバと似た姿の敵に怒りと、喜びが沸き上がるのを感じた。
「ケルバが死んで、お前だけ生きてるなんて腹立つけど、あいつの仇が討てるんだ――」
自分でも驚くくらい冷たくて重い声が出た。
「――よかった」
我らが団長はアズでヴェィルとの戦いに参加した四十年前のあの日を境に、雰囲気が変わった。かといって遠い存在になってしまったわけではない。ズィードらしさは変わらずにあるのだ。
先んじた三人に追いつくように他の仲間たちと共に草原に降り立つと、ソクァムはズィードの背を見て思う。
その変化を本人に聞けば、死を経験したと返ってきた。それも三度も。理解しがたいことではあったが、確かにそれほどの経験を積んだような歴戦の戦士の風格が、納得せざるを得ない説得力を持っていた。
「やるぞ、みんな!」
ズィードのその一声に、ソクァムは気を引き締める。彼だけではない。義団全員が、戦闘により深く集中する。極集中だ。
「さすらい義団、臨戦!!」
「おうっ!」
ズィードの脇をシァンとダジャールが駆け抜ける。それを脇目に彼はモェラに向けスヴァニを投擲する。ハヤブサは先に跳び出した二人を追い越し、モェラに到達する寸前に、主の手に納まった。
「わたし、戦いは嫌いなのよ」
スヴァニを振り抜こうするズィードの耳に小さく、くすぐるように入ってきたモェラの声。ズィードはその声に死を連想し、咄嗟に身を翻してスヴァニを投げた。スヴァニはシァンとダジャールの進行方向と反対に、斜めに地面に突き刺さる。次の瞬間、ズィードはスヴァニのもとに跳び、シァンとダジャールをそれぞれ両腕で受け止めた。
「っう!? おい、なんだ!」
「っ!? なにっ?」
「アルケン!」ズィードはつんのめる二人を余所に叫んだ。「どこまでだ!」
「もっと下がって!」
ズィードはアルケンの言葉にちらりとスヴァニを見て、それから腕に力を籠めるとダジャールとシァンを投げ飛ばした。
「ズィードも早くっ!」
焦るアルケンの声が聞こえるが、間に合いそうにない。すぐ後ろに死の気配が迫っていた。スヴァニをその手に呼び込み、それから投げることも、走って離れることもできそうにない。
背筋が凍る感覚に襲われる。
アズでズィーやセラの兄ビズラス、そして白の騎士キャロイに叩き込まれた死の経験。『紅蓮騎士』として大きく成長できた。それは嬉しかった。でもあんな体験はできれば二度としたくない。だからあれを期に、死に対して敏感になった。
ずっと考えている。
どれだけ優秀な英雄でも、いずれは死ぬ。
それで無謀になり、命を軽んじた戦い方をするか。慎重になり、敵を前に竦むか。
そのどちらでもなく。そのどちらでもある。
答えを出してはいけない。考え続けなければいけない。
死への恐怖は乗り越えることができない。だからと言って目を背けてはならない。
死を近くに感じる。剣を背負ったその時から、死も背負っていた。
死を忘れることができるのは、死んだ時だ。
それまではずっとその恐怖に怯え、抗い続ける。抗って、抗って、抗い続ける。その鍛錬の積み重ねが、身体も心も強くさせる。
死を迎えるその時が、自分史上最強。
そう誇って死ねるように。
――今がそうなのか?
震える。
これはでも……。
武者震いだ。
――そうだ。勘違いしろ。
死を恐れ震えたそれは、武者震いなのだと。
まだ死ぬには早い。成長の真っ只中だ。
ズィードはスヴァニをその手に呼び込み、投げることなく、振り向きざまにモェラから出る死の気配に向かって振り下ろした。
目には見えないそれにはしっかりと手応えがあった。紅い闘志を纏ったハヤブサが押し返す。ふと地面を見ると、草原がぶつかり合いを境にして枯れ朽ちていた。モェラからズィードの足元ギリギリまで。
ふと、抵抗がなくなってズィードはつんのめった。止まってモェラを見ると、つまらなそうな顔で溜息を吐いた。
「戦いは嫌いって言ってるでしょ。すんなり死んでよ。なに死に触れられるって。転生者でもないくせに」
「転生なんてしてねえけど、俺は三回死んでんだ!」
「意味がわからないわ。ほんと気持ち悪い」
モェラは顔を顰めながら、その手に剣を現した。