323:ビュソノータスと外在力
海底要塞の中は静かだった。
空気があり、セラの足音が蒼白の廊下に響く。陽光が入らないからか、地上より気温が低いようだった。かといって暗いわけではなく、天上からひょろりとした紐が伸び、その先の提灯が、廊下の先々まで途絶えることなく照っていた。
これならすぐにジュランたちを起こせそうだとセラが思った矢先の出来事だった。
提灯が揺り動いた。
全部、同じ方向。セラの後方から、行く先へ向けてふわりと揺れた。
風。
ビュソノータスで外在力とは、そう思ったのは単なる記憶の想起だけではなかったようだ。
勘。
彼女の勘が、外在力を用いる敵の襲来を感知していたということらしい。
足を止めたセラの背に、笑い声。
「きゃははは、百聞は一見に如かずってね」
振り返ると、セラの目に薄衣の男が映る。
「あなた、ネォベね」
「へぇ、俺のこと知ってるんだ。なんで?」
「名前だけよ」
転生者でチルチェの民。そしてユフォンが特徴として記していた笑い声。それだけで充分だ。そんなことよりも、イソラたちが仲間を起こしに回りはじめた昨日の今日で、敵にその情報がばれていることの方が問題だ。
「俺も君のこと知ってるよ。ヴェィルの娘だろ」
「わたしはそんな名前じゃない」
「きゃははは。えーじゃあなんていうんかなぁ? ねぇ、キノセ?」
「!?」
その名もそうだが、今の今までネォベの隣に彼がいることなど全く気付かなったことに驚いた。
キノセ・ワルキューは時の経過を忘れた、セラの知る姿で急に現れた。
「ジルェアス」
「キノセ……」
睨む五線と困惑するサファイアが交わる。
「あ~ジルェアスね、はいはい」ネォベは手を打ち鳴らした。「まっ、俺にとってはヴェィルの娘以外ないけどね」
ネォベは独り歩み出す。
「ここは任せるよ、キノセ。殺したいほど恨んでるんだろ、ヴェィルの娘のこと」
そよ風と共に、セラを素通りしようとするネォベ。だが彼女がそれを許すわけがない。
「どうして通れると思ったの?」
凪が訪れ、ネォベの首が飛んだ。
「ジルェアス」
キノセの声がして、そっちを見るセラ。
キノセの隣には、ネォベが立っていた。
「……ヴィクード」
セラを呼ぶことをきっかけに、当時の記録を再現した。しかし転生者の力である記録術。キノセが使えるはずがない。彼の言葉をきっかけにしたとしても、その術者であるネォベがその前に息絶えていては、効果は発揮しないだろう。エァンダの話では転生者同士は互いに助け合っていたというが。兄弟子が知らない高等な使い方だろうか。
「やっぱ通れないよね。まっ、俺そもそも通る気なかったけど」
「?」
「だってさぁ、俺たちの目的はこの先じゃなくて――」
ネォベはセラを指さした。
「――目の前にあるんだから」
もっともだ。三権を奪うことができれば、セラたちが仲間を増やすことを阻止する必要は彼らにはない。
しかしだ。
セラはフォルセスを構える。「それこそ、簡単に取れると思う?」
ネォベを中心に風が荒んだ。すると、彼の隣のキノセの姿が急にざらついた。セラがそれに訝しむと、ネォベは笑う。
「きゃははは。これさ、蜃気楼だよ。感情を乗せた空気で作ったね。まっ、キノセのこの恨みは晴らされること永遠にないけどね。対面するときのお前は死体だし」
ネォベの笑いが、廊下に響く。