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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
最終章 百色万花
325/387

321:寝覚めの悪い男

「とまあ、士気を上げるようなことを言ったが、セラが帰ってきたことだけで勝てるなら、勝ってからみんなを起こせばいい」

 エァンダはそこで、目覚めた仲間たちに背を向け、セラとユフォンを見た。

「俺たちはまず、数を増やさないといけない。各地で眠る仲間を起こして回る。そうなるとだ、セラ。ヴェィルたちはお前が帰ったことに気付き、お前が三権を宿したことも知ることになる」

「うん」セラは神妙に頷き、今はなにもない右耳たぶに触れる。「今度は取られたりしない」

 エァンダはセラに頷き返し、それからネルに視線を向ける。

「ネル、ペレカも。起きたみんなの体調を調べてくれ。問題なければ、班分けして、各自行動を起こしてくれ」

「わかりましたわ。行きましょう、みんな」

 ネルに先導され、エァンダとセラ、ユフォンを残した全員が保管庫の出口へ向かいはじめる。

「セラとユフォンは、もう少し話をする。動くのはそれが終わってからだ」



 エァンダから四十年の間に起きた出来事をより詳しく教えられたセラとユフォンは、二人でトラセークァス城の一室にいた。

「まさか悪魔のプロトタイプが残ってたなんてね。それもそれを義手にしちゃうなんて、さすがエァンダだね」

「うん。ゼィロス伯父さん、エァンダが腕を失ってまで仇を討ってくれたよ……ってもう知ってるよね」

 ユフォンに頷きながら、セラは手に持つことのできないほど大きな書物に記された伯父の名をなぞる。そして指先を下へ、下へとゆっくり動かす。書物はこの四十年、ヴェィルの復活から今に至るまでの夜の時代に亡くなった人々の名が記されたもの。戦死だけに留まらず、天寿を全うした者の名もそこにはあった。

 ヌォンテェ、メルディン、ヅォイァ、ドクター・クュンゼ、ピョウウォル、デラバン、クラフォフ、ケルバ……。

 クァスティア。

「わたしには昨日のことなのに……お別れも言えないっ、言えなかった…………」

 自然と声が震えてしまう。ユフォンが寄り添ってくれる。

「それは僕も同じさ、セラ。僕も一緒に背負える悔しさだよ」

「うん。ありがとうユフォン」大きく一度息を吐いた。「でも、大丈夫。わたしは進めるよ。それがヴェィルとの違いだから」

「おっ、ヴェィルとの違い、わかったのかい?」

「うん。ゼィグラーシスだよ」

「え、っと? もうちょっと詳しく。それじゃいつも通りじゃないかい」

「いつも通りだよ。……それより、ほんとにない」

 セラは他のページもめくり見ながら、声を落とした。

「エァンダも言ってたけど、事情があるに決まってるさ」

 そうして亡き同胞たちへの祈りを終えたセラとユフォンは、その日はトラセークァスで休むことにした。体調の確認が終わったイソラたちとの会話をする暇はなく、見送りの時に少しばかり言葉を交わしただけに留まった。

 すべてが終われば、話す時間はたくさんあるだろう。再会の喜びを本当の意味で分かち合えるのは、その時だ。



 闇の中。

 耳に力が入った。

 なにかが聞こえた気がして、目が覚めた。

 寝覚めが悪い。耳鳴りが酷い。イライラする。

 ベッドから手を伸ばし、手探りで慣れ親しんだ棒を求める。そして手にすると、苛立ちを放つように振るう。横の壁が大きく爆ぜて崩れた。隣の部屋からの光が差し込む。

 その光を遮り、顔が一つ暗闇を覗き込んできた。遊ばせた毛先が異形の生き物の触手のように見える。その逆光に隠れた顔がうるさく口を開く。

「おいおい! 筆を走らせてただけだぜ、俺はぁ! だいたいよぉ、この防音壁でいいって言ったのはお前だろうがよ、キノセ!」

 僅かな灯りが、ベッドに腰かけるキノセ・ワルキューを浮かび上がらせる。五線の瞳が、うるさい男を睨む。

「黙れ。この壁みたいになりたくなかったらな」

「はんっ、やれるもんなら――」

 キノセは指を鳴らした。

 男は血をまき散らし、粉々となった。

「――まじにやりやがったな、おい!」

 次の瞬間には身体を再生させ、男は怒鳴り散らしてきた。

「原稿と服が血で汚れたじゃねえか。どうしてくれんだ、おい! おい!」

 キノセは静かに這うような音で返した。

「また書けよ。どうせ暇だろ」

「……」

 男は背筋を震わせ、押し黙った。キノセは指揮棒を小さく壁に向けて振った。壁は何事もなかったかのように元に戻り、静かな暗闇がキノセを包んだ。

 それでも耳鳴りは消えなかった。

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