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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第一章 ホワッグマーラの変
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31:不穏な影

「参りました……。さすがはブレグさんです。ブレスレット、どうぞ」

 モァルズは左腕をブレグに差し出す。

 しかし、ブレグは納刀しながら手でそれを制した。

「君とはまた、今度は本気で戦いたい。決勝に来い」

「……いや、でも」

 差し出した腕をそのままに、モァルズは戸惑う。

「気が済まないか?……ならば、貰っておこう。君を足止めしてしまう方が、申し訳ない」

 ブレグはモァルズのブレスレットに、手を触れる。彼の腕に、四つ目の紫だ。

「すみません、ありがとうございます。きっと、決勝行きますね」

 モァルズは深々と頭を下げてから、確かな足取りで乾いた大地を歩き出した。

 それを少しだけ見送ってから、ブレグは反対側へと足を向けるのだった。



 セラは高波が押し合い圧し合い、重なり合う海原を見渡す浜に碧き花を散らした。

 浜と海。不均等な光景。(いびつ)が不穏にも思える。

 不思議なことに、浜には全く波が押し寄せていない。海原の中でのみ、波たちが誰が上なのかを競い合っている。

 そんな波たちの合間に、いくつか気配があった。

 そして、彼女の後方にも、ひとつ。

 セラは海から振り返り、そこに立つ者と対峙した。

「里帰りですか、『髑髏博士』」

 背後に立っていた高貴な紳士然とした男にセラはそう尋ねた。

「それとも、大会に参加を? 『夜霧』が動いているのなら、わたしの前に顔を出していいんですか? それに映像が残るのに、顔も隠さないで」

「そうですね、『碧き舞い花』」猫のような瞳がセラを見た。「あなたの言う通り。であり、言う通りではないのですよ」

「正解と不正解を含んでる?」

「ええ、そうですね。まず僕はこの大会には参加していません。しかし研究のためにここにいる。あなたの前に顔を出したのではなく、あなたが僕の前に突然に現れたのです。そして顔は隠していますよ」

「……冗談、言えるんだからなにか記録には残らない方法を取ってるってことね」

『夜霧』第三部隊の長である『髑髏博士』クェト・トゥトゥ・ス。彼を『髑髏博士』たらしめるのは、彼が死について研究をしているからであるが、それ以外に、彼が頭に被る頭蓋のマスクの異様さも一役買っている。

 それを顔を隠していると言ってのけるのだ。なにも手を打っていないわけがない。

 サクッと、クェトが髑髏の持ち手がついたステッキで浜を鳴らした。

「ご名答。さすがは『碧き舞い花』ですね」

「研究ってなにをしているんですか?」

「教えられませんね、当然」

「まあ、当然ですよね」

 セラはフォルセスに手をかける。

「おやおや、剣を向けるべき相手を間違えていますよ。僕は参加者ではありません」

「余裕でいられるのは今のうちですよ。拒絶の護り石を破る方法は知っています。実践もできる」

「そうですか、さすがですね。そうとなれば、僕は逃げるしかないでしょう」

 セラはフォルセスを抜き、クェトに向ける。「逃がすとでも?」

「ええ。あなたは僕を逃がしてくれます。いえ、彼らが、ですね」

「!?」

 波が大きく砕け合う音がセラの後ろでした。

 そこから気配が二つ、飛び出てきた。殺気とまではいかずとも、強い闘争心をむき出しにして。

 惜しそうに顔を歪めクェトを見つめるセラ。対するクェトはすでにゆらゆらとその姿を消しはじめていた。

 セラは視線を外し、すぐさま身体を回転させた。

 鼻の脇にエラがある男と、ぬめりとした質感の肌を持つ顔が横に広い男。二人ともセラに向かって拳を振り上げていた。

 だがセラは振り返った速さの割りに動こうとせず、じっと二人を見据えていた。

「俺がもらう!」

「いや、俺だゲ!」

 共闘しているというわけではないようだ。悠長に考えながら、セラは空間を引き伸ばしはじめた。

 時が歩みを緩め、ついには止まる。

 かと思えば、走り出したように動き出す。

 セラは二人の着地点から距離のある所に立っていた。空を殴った二人の男は、なにが起こったのかわからないといった様子で、互いの顔を見合わせていた。

 ビュソノータスの海原族と、『泥酔(どろよい)の池』の蛙人(あじん)。セラは頭にある知識で二人の出身地を割り出す。両者とも水中での行動が可能な一族だ。

 海原族の男がセラに補足した目を向けてきた。

「……ん、よく見れば旅の子じゃないか? セラちゃんだろ?」

 話しかけられ、セラは目を細める。「……もしかして回帰軍に?」

「ああ、そうだ。はーそっか……じゃあ、俺は手を引こうかな。勝ち目ないだろうし」

「あん、そうか? じゃあ、遠慮なく俺がもらうゲ!」

 海原族の男が戦意喪失すると、蛙人間がすかさずセラに飛び掛かってきた。

「一緒にいたよしみで言うけど、その子、強いぞ――」

 海原族の男の忠告は遅かった。すでに蛙人の彼の腹には魔素を分厚く纏ったフォルセスが食い込んでいた。

「――『碧き舞い花』って言えば……あ、悪い、遅かったか」

「碧……舞い……ばなぁ…………だとゲ……?」

 かくんと力なく折れた蛙人の男。

「えっと……話の途中だった?」

 砂浜になんとも言えない空気が流れ、背景では波たちが暴れていた。

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