316:示すべき覚悟
「そんな……」
ユフォンの表情は急激に沈んで、セラから目を逸らした。
楽観的に考えたくなるのもわかる。セラもそれならどれほどよかったかと、代償の重みを理解しながらも、改めて絶望に胸が痛んだ。
その痛みのまま口にする。
「わたしは、嫌だからね。ユフォンを殺すなんて、できるわけないっ……!」
『僕の見込み違いだったのか』
残念そうな『彼』の声。それに、ユフォンが吠えた。
「いくらなんでも酷すぎる! セラがいまどれだけ大事な人を失って苦しんでいるか!」
『それでこそ試練になるんだよ、ユフォン。セラに託したいのは三権だけではないしね。簡単に済まそうなんて、見くびってもらっては困るんだ。覚悟を見せて、セラ』
「覚悟……」
『彼』の言葉を反芻し、セラは脳裏にィエドゥの言葉を思い返していた。
「君の想いは決して弱くないだろう、舞い花。彼の想いがただ果てしなく強いんだ。己の願いだけを純粋に追い求め、邪魔をする者は慈悲もなく排除する。それが愛する妹であってもだ。その覚悟が君にあるか?」
――覚悟。
――目的のためなら、愛する者であっても手に掛ける覚悟。
――想いの強さがあれば、自ずと生まれるの?
――果てしなく強い想い。
――ヴェィルにあって、わたしにはない?
――わたしとヴェィルは違うから、それでいい?
――違うけど、そうじゃない。
――ヴェィルとわたしが違うのは、そこじゃない!
――わたしの想いは、決して弱くない!
――わたしが示す覚悟は。
セラはユフォンの上から立ち上がった。
「セラ?」
不思議がるユフォンを余所に、セラはフォルセスに手を掛けた。
「セラっ?」
驚くユフォンに笑みを向け、セラはフォルセスを抜いた。
七色の反射がユフォンの顔にちらつく。
「セラ……?」
「ユフォン、ごめん」
「え? まさか、本当に?…………いや、いいんだ、君が、決めたなら」
「ううん、ユフォン勘違いしてる」
「どういう……」
「『碧き舞い花』、ここで終わりになるかもって。そういうごめん、いまのは。ヴェィルを倒して異空を護りました、みたいな結末じゃなくて、ごめんってこと」
「ぇと……なにを?」
『うん、どういうことなんだいセラ』
セラは白い空間に向かって言う。
「わたしが見せる覚悟は……目的を果たすためなら、愛する人を殺せる覚悟じゃない。どんな時だって、愛する人を護る覚悟」
白き空間に刃を向けるセラ。
「あなたがユフォンの友達で、フェル叔母さんの尊敬している人で、そして想像も及ばない存在だったとしても」
碧きヴェールがセラを包む。
「わたしは立ち向かう!」
『そうか……』
ぽつりと零される『彼』の声。セラはユフォンを見てまた笑った。
「ユフォンがつけてくれたの、聞いてたよ」
「え?」
辺りに碧き花が舞う。
「想像を咲かす力」
そして白き空間が、碧に染まっていく。
「わたしだけの力!」
彼女の言葉を最後に、空間は碧一色となった。
「ははっ!」
それを見たユフォンの笑い声が、響き渡った。『彼』の声も重なって。
『ははっ!』
『正解だよ、セラ』
「えっ?」
空間は碧のまま、『彼』の優しい声だけが聞こえた。
『君は僕の試練を絶対とせず、道を見つけ、覆した。それこそが僕が求めた人だ』
と、唐突に空間は白一色に戻った。
「ぁ」
『ははっ、とはいえ、まだなにも渡していない君の力に負ける僕じゃないんだよ』
「あぁ……ははっ」
セラは苦笑と共にヴェールを抑えた。消さないのは少しの警戒心だ。
『それじゃあ、渡すよ。三権』
『彼』の声に合わせ、彼女の前に三つの輝きが現れた。セラはそれを見つめながら『彼』に問う。いくらそういう趣旨の試練だったとしても、代償を払ったわけではないのだ。
「なにも差し出さなくて、大丈夫なんですね」
『うーん、どうだろう』
「……」
ユフォンが立ち上がる。「ちょっと、そんなのってありかい? 君」
『ごめんよ、セラ、ユフォン。まあでも、強いて言うのなら、象徴になること、その役を負うこと。それが代償になるのかもしれない。これ以上のことは、僕の想像を超える範疇だ』
「もし、セラに大事があったら、今度は僕が君に立ち向かうからね。覚悟しておいて」
『うん。覚悟しておくよ』
『彼』は笑いながら言って、それから真剣な声色でセラを促した。
『さあ、セラ。覚悟の証を受け取って』
セラ、ここでフォルセスとヴェールを納め、それから頷いた。
「はい」
セラは輝きに手を伸ばした。