315:三権の中にて
『幻想は誰か一人の自由にできるものになってはいけない。樹々の成長を見守り管理することと、思うように支配することは違う。
セラ。想造を咲かす力を得た君だ。君なら「草原」を、「森」を、そのすべてを包括する「幻想の大樹」を、彩りに満ちたものにできるだろう。「死の樹」を経由した反対側ともいえる「草原」で、僕とあいつの過ちという栄養分を糧に、「幻想の大樹」を育ててほしい』
『彼』はそう締め括って語りを終えた。
想造の民のことももちろん聞いた。それでヴェィルに同情し、想いが揺らぐかもしれないと思っていた。だがそうはならなかった。同情はあった。その中で、考えていた通り、ぼんやりとだが自分と彼の違いを見出せそうだった。いいや、もう答えは見つけたのかもしれない。言葉にするにはまだ時間がかかるかもしれないが、なにか腑に落ちるものがセラの中に生まれていた。
それでもセラは、明言化する作業をしなかった。ひとまず答えが生まれたことに、区切りをつけた。なによりもまず、『彼』が言った通りとても壮大な話、想像もつかない話を理解しないといけないと思ったからだ。
「あの、とても理解が追いつかない。どうして、わたしが?」
『さあ、それは僕にもわからない。僕も壮大なものの一部でしかない。すべてを知るわけじゃないんだ。ただ僕が、君だと思ったというだけなんだ』
「……じゃあ、その『幻想の大樹』? というものを育てるってこと、具体的にどうするか聞いても……」
『そうだね。申し訳ないけど、具体的には説明できない。ただ君がそういう存在であるならば、自ずと役割が見えてくると思うよ。僕とあいつも「草原」ではそうだった。……一つ、助言をすれば「幻想の大樹」の象徴としては、君は君通りでいい。想いのままに行動するといい』
「想いのままに……」
『そして、ここからは具体的に説明できる。象徴ということにも少し関わるのだけど、君とヴェィル、僕とあいつに関わる身近なこと。君がここへ来た本来の目的。三権を与えることについてだ』
断言的な『彼』の口調に、セラはそれ以上、大きな話について聞けなかった。そもそも聞く気がなかった。聞いても今以上の情報が得られないだろうと思ったからだ。だからこそ彼も、話を身近な三権の話に移行させたのだろう。
『迷宮の中心に二人で辿り着いた組に三権を扱う権利を、と最初に言ったね』
セラとユフォンは揃って頷いた。
『けど、三権を与えられるのは一人だ』
その『彼』の真剣な言葉に、セラとユフォンはまた頷いた。
『……? うまく伝わっていないようだね』
ユフォンが首を傾げた。「どういうことだい? 僕たちは最初からセラが三権を身に宿すって考えていたんだけど。なにより僕じゃ、三権には見合わないあだろうしね。ははっ」
『そういうことじゃないんだよ、ユフォン。三権は大いなる力だ。簡単に渡すわけにはいかないんだよ。覚悟を示してもらいたい。代償として一人の命を差し出してほしい。二人で辿り着くようにと言った意味はそこにあるんだよ』
セラはその言葉に目を瞠るばかりだ。
「そんなっ!」ユフォンが反感のこもった声を空間に響かせる。「ズーデルは向こうの軸で三権を集めたけど、誰の命も……セラかっ!」
言いながらセラに目を向けたユフォン。その目をセラも見返した。
『そう。あの青年は三権の中ではなかったし、僕も関わっていなかったから知らずにだったことだろうけど、セラの命を三権を取り込んだ直後に奪った。もし、そうでなければ、彼は三権全てを身体に宿したのち、一日もせずに命を落としたことだろう。ついでに言っておけば、あいつの子バーゼィ、彼もその青年をここで殺したことで三権を宿した』
『彼』の声をなんとか耳に入れながら、セラは不安な顔でユフォンを見つめていた。ユフォンの考えがわかってしまって、恐ろしかった。きっとユフォンもまた、セラの考えを理解しているだろう。それでも、彼はこの瞬間において、自分の考えを押し通すだろうとわかってしまって、恐ろしかった。
ユフォンの口が開きかけるのを、セラは慌てて手で押さえて、その勢いで彼を押し倒した。
「駄目だからねっ!」
馬乗りになって、ユフォンを睨んだ。ユフォンがすかさず、彼女の手をどけて口を開く。
「駄目なもんか! ゼィグラーシスの言葉のままにって約束した! 僕のために異空を諦めない、そういう約束だろ、セラ!」
「約束なら! 約束ならわたしの約束だってある! 完成させてって、言ったでしょ『碧き舞い花』。わたしの物語を見届けてって!」
「ははっ、大丈夫さ、それなら」ユフォンは勝ち誇ったような笑顔で言った。「僕は幽霊になれる。たとえこの身体がなくなったって、ずっと君を見届けられる!」
「三権の代償なんだよ! そんな保証ないっ! そうでしょ!」
セラは空間を見上げ『彼』に問うた。すぐに答えが返ってきた。
『そうだね』
それ以上『彼』は言葉を続けなかった。