312:溢れ出る想い
生の権を全開にしたバーゼィの再生力は、神のそれをよりも早い。
セラが一撃必殺を決意してから、何度かバーゼィに傷をつけたが、彼の傷は斬ったそばから塞がっていくようになっていた。セラの再生させないという想いの元の攻撃も通じ辛くなっている。やはり全開の三権の前では想造は劣るのか。
救いは治るが傷つけられるということだ。
まったく傷がつかないのなら、きっと命を奪うことも無理だろう。
そうしてあらゆる技術を駆使してバーゼィに隙を作り、トドメを刺そうとすることにセラが苦労していると、想造のヴェールが薄らいでいく。異空の空気の小瓶はあと一本。想造の力が尽きるまでに、戦いに勝たなければならない。しかし、思いのほかセラは焦っていなかった。
トドメこそさせないが、バーゼィとの攻防はうまくいっていた。バーゼィが三権を取り入れたことで気配が読めるようになったこと、粒子の存在を知れたことがバーゼィとの技術的な差をなくしてくれたからだ。
「やっぱりな。お前は調子に乗ってただけだ。だってそうだろ。俺は追い込まれてない。俺を追い込めてない!」
「そう? 追い込んだから今の状況になってるんじゃない? わたしは天敵なんでしょ」
セラは振り下ろされる拳をフォルセスで受け止め、上目で口角を上げた。バーゼィには挑発に取られるだろうが、セラは自分自身を奮う想いで勝気に出ていた。想いが昂れば、想造も持続する。
「ああ、天敵。そういえばそうだったな、前は。だってそうだろ、今の俺に天敵なんていない」
「そう。じゃあまた天敵になれるように頑張らなきゃ」
セラ小さく肩を竦め、バーゼィを押し跳ね返す。そしてその腹に粒子と波を放ちながら蹴りを入れる。バーゼィは床を滑って下がるが、すぐに止まって笑い飛ばす。
「ぐんっ……はっ、効かねえな」
その頃にはセラはバーゼィの背後に跳んでいて、彼の首を狙ってオーウィンを振るっていた。木刀で大木を叩いたような反動がセラの左手に伝わった。首は再生があったとしても守るのだ。そこで、セラはオーウィンの刃をさらにフォルセスで叩く。
セラは表情を険しくする。「っく」
バーゼィは得意気に鼻で笑う。「ふんっ」
フクロウは首に跡を残すだけで、刃を通すことはできなかった。
「コリに効くぜ。だってちょうどいい強さだ」
セラは身を翻し、バーゼィの首を今度は反対側から、フォルセスで打つ。
打ったのだ。
フォルセスの斬れ味も、斬るというセラの想いも、及ばない。
もっと強く想え。
フォルセスを握る手に力を込める。
斬るんだ。
みんなのために。異空のために。
「もうやめろよ。だってそうだろ、無駄だ」
「うるさいっ」
想造を絶する力を、いや、それでは結局三権には届かない。
想造を超える力を、この手に。
想造を超える力が、欲しい。
セラの周囲に纏わるヴェールが色を濃くする。それは異空の空気を力に変えたものではない。想いが膨れ上がっている。ただそれでも足りない。
もっとだ。
彼女のその想いに応えるかのように、ヴェールだけでなく、ナパードもしていないのに花びらが舞いはじめた。
影の秘伝――。
――ではない。
そしてその時、バーゼィの首のフォルセスとの接点に、血が滲んだ。
「なにっ!?」
バーゼィは目を瞠り、あからさまに焦った様子で、セラから離れた。
「なんだそれはっ!……本当にお前は、得体の知れない――」
「――天敵?」
セラは自分の中から沸き上がった力を不思議に思いながら、バーゼィを見据えた。まだ周囲には花が舞っている。それどころか、ヴェールが空間に染み入っているように、彼女を中心に辺りが碧くなっていた。まるで想いが溢れ出たようだった。
「なんだ、あれは……?」
ユフォンはヌロゥに治癒のマカを施しながら、セラに起こったこと、セラが起こしたことに息を漏らした。
想造の力は何度も見てきたが、こんな状況になったのは見たことがない。
「想造という力には、詳しくないが――」ヌロゥが口を開いた。
「ん?」
「――いいぞぉ、舞い花。咲け! 咲けぇ、舞い花ぁ!」
死の際に立っていたとは思えない絶叫だった。