311:曖昧な存知
「舐めるな……調子に乗るな……ふざけるなっ!」
叫んだかと思うと、バーゼィは輝きだした。三権の力を全開にしたようだ。腕が生え、そうして両手を陽炎で包み込むとセラに跳びかかってくる。
「想絶がなんだ! だってそうだろ。ヴェィルより下手なんだからよ!」
セラはバーゼィから目を離さずに言う。「ユフォン。ヌロゥをお願い」
「任せて」
背中に愛し人の声を受けると、彼女の頬を綻んだ。腰のウェィラを抜き、オーウィンを顕現させる。碧きヴェールは二本の剣もしっかりと包み込み、バーゼィを迎え撃つ。
オーウィンで右手の拳を受け止めたその瞬間、セラはバーゼィと共にナパードで跳んだ。迷宮ではそう遠くへはいけないが、ユフォンたちから離れた。
バーゼィの左の拳がセラの右側頭部を狙う。セラはそれを舞い花の残滓を集め、壁にすることで防いだ。そしてバーゼィから離れるように小さく跳び退くと、フォルセスを振り上げてバーゼィの左胸を斬りつける。
浅い。バーゼィもセラから離れるように動いていたからだ。
セラは着地すると足に力を込めて、バーゼィの懐に入り込む。とその瞬間、彼女の顎をせり上がった迷宮の床が打った。浮かび上がった彼女はその床を蹴り、宙返りしながら離れる。
彼女が再び床に足をつける前に、バーゼィが張り出した床をぶち破り、彼女の腹に拳をめり込ませた。
粒子の放出によってセラの身体は衝撃のままに流される。だがそれほど大きな負荷はなかった。セラは粒子を腹部に集中させていたのだ。闘気による気膜よりも、より強く衝撃から守ってくれた。事象と存在の違いのようだ。それになにより、終の権の力が直接肉体に及ばない効果があった。
ヌロゥが人外と言い、彼ら自身もセラたちとは親が違うと言っていた。色を失っても力を使えていたバーゼィとィエドゥ。ここまで来たら、粒子の力は三権とは別の源に由来していると決めつけても問題ないだろう。ただそう考えると、セラたちが粒子を扱えるのはなぜだという疑問が浮かぶ。逆も然りだ。なぜバーゼィとィエドゥは波を使えたのだろうか。
想像の民より先に三権があった。ではその三権を生み出した者はいったい何者なのか。ユフォンが口にした迷宮の声の主である『彼』なのだろうか。ヴェィルたちの昔話に出てくるのだろうか。
ユフォンがあとにすると言った、想造の民の話。ユフォンは新世界への出発の前に、みんなが読めるようにと、それを書き記した本を置いてきていた。しかし、セラは読まなかった。だからと言って未だに聞いてもいなかった。積極的に聞こうとは思わなかった。なにが起きて、今に至っているのかはフェルとのやり取りでセラも知っている。ヴェィルを衝き動かす想いも。だからいいというわけではないが、詳しく事情を知ってしまえば、同情してしまうかもしれないと思い、聞いていなかった。ユフォンにも理解してもらい、話さないでもらっていた。彼が励ましの時に歯がゆさを感じたのは、ここにも事情があったのかもしれない。
知った方がいいのだろうか。ヴェィルとセラ自身の違いを見出すことができるだろうか。当然、情報として頭に入れるに越したことはないだろう。ただ、それで想いが揺らいでしまっては本末転倒だ。
「なんであいつより使いこなしてるんだ」
セラが衝撃を殺して止まると、バーゼィが背後に現れた。
「だってそうだろ、話してる時間なんてなかった。それに話したくらいでわかるもんでもない」
セラは振り返る。「わたしも不思議。まさかヌロゥとこんな形の協力までするなんて」
「なに?」
「わたしたちにも話してる時間なんてないっ」
セラは右手のフォルセスで斬りかかる。バーゼィがそれを防ぐ。セラがさっきやったように、粒子を腕に集中させて。
「すり抜けないの?」
フォルセスをバーゼィの腕から離し、セラはバーゼィの腕を蹴り上げた。身体を開かせると、二本の剣を上下に重ね、真一文字に振るった。きれいな赤い線がバーゼィの胸部と腹部に入る。前面だけでなく、身体を一周する傷だ。
透き通らなかったのだが、すぐに再生しくっついたようだ。バーゼィはすでに透過に意味がないと割り切ったのかもしれない。
回避を捨て、再生に重きを置くのなら。
それならば、首か心臓か。一瞬で命を絶つのみだ。
セラの意思決定と共に、バーゼィの傷は跡形もなく消えた。