309:事象と存在
濃度変化はなかった。
腹部の圧迫により呼吸が止まる中、ヌロゥはそれでも思考を続けた。
ではなんだ。どういう原理ですり抜ける。粒子は関係ないのか。なにか忘れてることはないか。粒子とわかった今、人外らとの戦いを思い返す。
肉弾だけでなく、放った攻撃まですり抜ける。透過できるのは、一回につき一人だけ。
ヌロゥは粒子の衝撃により吹き飛び、壁に激突した。飛びそうになる意識を無理やり押さえ込む。そこでふと一つの映像が脳裏に浮かんできた。
ィエドゥがヌロゥとユフォンの攻撃を避けた時。彼は床や壁と同化した。
同化だ。
「そうか……だから、一人か……くくくっ」
存在。
よくよく考えてみれば、粒子とは物質。存在だ。
対して波は、物質とは違う。事象だ。
波と粒子。事象と存在。
「なにがおかしい?」
「例えば……波は揺らぎを合わせたり、ぶつけたりすることで、増幅や減衰をさせることができる。事象と存在では差異はあるだろうが、粒子においても同じようなことができるとすれば?」
ヌロゥは右目を細め、バーゼィをぬらりと睨みつけた。
「存在の同化……粒子は性質も変えられるのか? 同じ存在になることで、害がなくなる。違うか? だとすれば、粒子の性質を操作できれば、透過されることのない攻撃も実現可能。違うか?」
「わかったから、なんだ。だってそうだろ。さっきも言った。お前は使いこなせないってな!」
バーゼィが両腕を突き出した。そこから陽炎と粒子が飛んできた。ヌロゥは壁から離れ、異空の空気を二つ塊に向けて放った。
ぶつかると思われたそれらは、触れることもなく通過し合い、ヌロゥは終の権の力を存分に味わうことになった。
「……ぶっ、くぁ!」
攻撃として放った粒子も性質を変えられる。それでいて、放った後にも変化させることができる。だからこそ、ヌロゥの反撃を透き通したあとに、ヌロゥ自身には当てるという芸当ができたのだ。
「……くっふふ。お前はつくづく情報をくれるな」
「それがどうした。お前はもうすぐ死ぬだろ、だってよ」
「何度も言わせるな。俺の命はお前では終わらせられない」
ふらつきながら、ヌロゥは歪んだ笑みを浮かべる。その姿に、バーゼィが眉を顰めた。
「お前、変だぞ」
「他者なんてものは、往々にして変なものだ」
ヌロゥはだらりと駆け出し、バーゼィに迫る。その最中、自分の身体の粒子に意思を向けていく。バーゼィがやっていたように、身体を構成する粒子の濃度変化を試みる。まずは粒子を放つところからだ。
波を放つときの要領を真似して、それでいて体の内側を強く意識する。しかしうまくいかない。ヌロゥの粒子は一向に動こうとせず、結局バーゼィに対して異空の空気を纏っただけの殴りつけを披露する。そしてそれはまんまと透過され、ヌロゥは通り過ぎた背中に肘鉄を食らった。
「ぐ……はっぁ」
身体が息を勝手に吐き出し苦しくなるのを、無理やり口から空気を流し込むことで防ぐ。その折、異空の白と黒も飲み込んだ。
意図したことではない。偶然だった。
白と黒を飲み込んだとたん、身体に跳ね上がるような衝撃が走った。身体の粒子が、波によって揺らいだ感覚。
きゅっと足を踏んだり、身体を回して拳を繰り出した。
ヌロゥの拳が、バーゼィの胸を打った。
「ぶぁっ!」
身体の芯からなにかが巡り、拳の先から飛び出した。
紛うことなく、粒子だ。