30:うそ
「うそ、だろ……」
とある参加者が、フードを被った男の強さに力なく倒れた。
「あと一つか」
河岸に伏した相手から、勝者の権利としてブレスレットを奪うフード。
「この辺、もう人いなそうだしな。ほんっと、瞬間移動使いたい……」
文句を独り言ちた男は、なにかに気づき流れる川に目を向けた。
「あ、いた」
彼の視線の先には激流にされるがままの人影があった。髪が長い人物だ。
近くまで流れてくるのを待って、男はその人物を手先をひょいと上げる動作で、手も触れずに引き上げた。
「なんだよ、持ってないじゃん」
フードから覗く唇を尖らせ、男は引き上げた人物を置いてその場を去ろうと浮かび上がった。
だが、なにを思ったか地に足をつけ戻した。
それから手を倒れた男へと向けた。
すると。
「っは、がはっ、っぁ……!」
ずぶ濡れの男が、水を吐き、空気を吸った。
「ありがとう。君は命の恩人だ」
まだ水の滴る髪と羽っ毛、それか隻翼を背にした男、プライは、フードの男に礼を言った。
「別に。放っておいて死んだら、俺が失格になるかもって思っただけだし」
「それでも救ってくれたことに変わりはない。なにかお礼をしたいところだが、あいにく俺は君が喜ぶようなものは持ってない」
プライは自分の腕を振って見せた。
「知ってる」
「……」そっけない態度にめげず、彼はフードの腕を見た。「それにしても、君は強いんだな。もう六つも集めてるなんて」
「当たり前だから、これくらい」
「そうか、つくづくすごいな。俺も戦ってみたいところだが、ブレスレットがなきゃ相手にしてくれないだろ、君は」
「まあね」
そう言ってフードは浮かび上がり、今度こそその場から去ろうとする。
「待ってくれ。名乗っていなかったな。俺はビュソノータスのプライ・ドンクバだ。君は?」
「ユフォン・ホイコントロ」
「え?」
プライはその名を聞いて、キョトンとするしかなかった。「じゃあ」といってさらに高く浮上したフードの中にある顔が、彼が会ったことの青年のものとは異なっていたからだ。
「クィフォ……」
ユフォンは関係者席で参加者の名簿を見ながら、ナパス語で零した。
名簿の中に、自身の名前を見つけたのだ。
同姓同名の可能性はないわけではない。だが、妙な胸騒ぎがしてならなかった。
この人物が、何者なのか。
調べなければ、取材や記事どころではない。ユフォンは席を立った。
「クィフォ……」
ジュメニから自身が二年前、どうなったのかを聞いたズィーは唖然だった。ぼとりと、その場に座り込んだ。
「……ズィプくん」
「……だあーっ!」
「ズィプくん?」
「俺にこういうの、駄目だ。考えたってわかんねーつの。とにかくここにいるなら、ここでできるとこをするっきゃねえ!」
「ズィプくんらしいな」
「ジュメニさん!」
「ん?」
「今ってなに? 開拓士団の調査かんなんかか? ここ、あの海底遺跡だろ?」
「そうだけど、今は調査じゃない。全空チャンピオンシップの最中だ」
「全空、チャンピオンシップ?」
シューロが言う。「魔導・闘技トーナメントが新しくなったんですよ」
「おお! 魔導・闘技トーナメント! ってか、お前、なんか見たことあるぞ」
「えっと、前回大会で、ジュメニさんに勝ったシューロです」
「ああ、あの! ジュメニさんに勝ったやつか!」ズィーは頷き、シューロが羽織る開拓士団のマントを指さす。「え、お前も開拓士団の護衛になったのか」
「はい。ジュメニさんに勝ったことをヴェフモガ団長に認められて」
「まあ、ジュメニさんに勝てれば実力としては充分――」
「ちょっと二人とも? わたしに勝った勝ったって言い過ぎ。怒るよ?」
「ごめんなさいっ、ジュメニさん」
「あはは、てかもう怒ってるし」
ズィーは自身の状況などもう気にしていないとでも言わんばかりに大笑いするのであった。




