305:挑発
壁に受け止められるセラ。床で天を仰ぐヌロゥ。
身体中の傷を癒していくバーゼィ。
「こう使うわけか」
独り納得するバーゼィに、壁から離れ、セラは向かっていく。そんな彼女にバーゼィは首を傾げる。
「まだやる気か? だってそうだろ、苦しむより楽に死んだ方がいい」
「それは」ヌロゥが立ち上がり、ぬらりと笑った。「そうしてくれということか?」
「は? 俺は死なねえだろ、どう考えても」
セラは小さく笑った。「心臓を護ったでしょ」
彼女の言葉に、バーゼィはただ見返すだけだった。肯定も否定もしない。図星を突いたとも取れない。しかしセラは確信を持っていた。きっとヌロゥも。
「死なないかどうかは、殺せばわかることだ」
歪んだ剣をその手に出して、ヌロゥがバーゼィに向かっていく。そう距離もないのに、彼の行く手には多くの障害が立ちはだかった。床が突き出し柱や壁となって、ヌロゥの進行を妨げる。柱を回り込み、壁を乗り越え、ヌロゥがすぐにバーゼィに辿り着くだろうと、セラは彼に合わせてバーゼィを攻撃する算段を立てる。
しかし彼女の考えは的外れだった。
バーゼィとヌロゥの距離が縮まらない。
傍から見ているセラには、確かにヌロゥが進んでいるように見える。それなのに、バーゼィに全く辿り着く気配がない。進んでいるのに、いつまでたっても同じ場所だ。
場の権の力かもしれない。セラはそう考えると共に、ヌロゥと自身を跳ばした。バーゼィの正面に二人並び出でる。幾度と激戦を交わした間柄だからこその呼吸の一致。ヌロゥはすぐにしゃがみ込みながら横に移動し、セラは反対に彼を飛び越えるようにしながら、横にずれる。そしてヌロゥは斬り上げ、セラは斬り下ろした。二人の太刀筋は見事にバーゼィの心臓を通り道にする、はずだった。
「!?」
ヌロゥが目を見開いたのを、セラは見た。その直後、大きな衝撃が襲った。それはセラがィエドゥにやられたものだ。全く感じ取れない衝撃波。その規模を大きくしたものだった。
吹き飛ばされ、バーゼィの姿が小さくなっていく。あまりの力に体勢を整えられないでいると、不意にふわりとなにかに受け止められた。
空気だった。
「ヌロゥ……ぁ!」
壁が薙ぎ崩され、広範囲が迷宮でなくなった。そんな中、セラと同じように勢いを殺して止まったヌロゥに、バーゼィが拳を振り上げていた。
「んぬぁっ!」
「っぐ」
両掌で拳を受け止めたヌロゥは、片膝をついて抵抗を見せた。それも束の間、セラがナパードで二人のもとに移動したときには、彼は力に屈して地面に倒れていた。フォルセスを振るうセラだが、バーゼィの身体を通過してしまう。そうしてできた隙につけ込まれ、首を強く掴まれた。
「ぁが……」
ナパードで逃れようとしたが、バーゼィがそれよりも早く彼女から色を奪った。セラは首を握られたまま、腹を殴られる。一度、二度、三度。吐く息がなくなり、意識が飛びそうになった時、大きく振られ、セラはバーゼィの後方で立ち上がったヌロゥに投げつけられた。反動で彼女の手からフォルセスが離れた。
まだ彼女に色は戻らなかった。バーゼィが三権の力に慣れてきている。骨が何本も折れている。それでも回復ができない。セラは呼吸が苦しく、立ち上がれなかった。そんな彼女の身体がふわりと浮かび上がって、下敷きになっていたヌロゥが立ち上がる。
「俺以外に殺されるなよ、舞い花っ……」
悪態を吐くヌロゥだが、彼も身体の至る所から血を流していて、呼吸が荒かった。
「どうだ?」顎を上げたバーゼィが二人を見下す。「これでもまだ、俺を殺すっていうのか? おかしいだろ、もしそうなら」
「くくくっ、そうだな……おかしくて失笑ものだ」
ヌロゥを睨みつけるバーゼィ。「あ?」
「強過ぎるだ、死なないだと宣うくせに、俺たちをまだ殺せていないなんてな」
バーゼィを挑発するヌロゥを、セラはぼんやりと訝しむ。バーゼィは激情で弱体化するような相手ではない。感情に正直で従順なバーゼィでは、さらに自分たちの立場を悪くしかねない。
「なんだとっ……ん? どうして、動けな、い……?」
バーゼィが硬直した。