296:器用貧乏
なにが起きたのか。
まったくわからなかった。
意識が遠のきかけるが、身体中の痛みと熱さにそれが許されなかった。
息苦しくなって、大きく呼吸をしようとすると熱すぎてむせ返った。
耳鳴りが酷かった。
白けた視界が明瞭さを取り戻してくると、景色が逆さまだった。迷宮が上にある。
浮いている。ヌロゥに浮かされているままだ。
仰向けで、だらりと浮いている。だから、景色が逆さまなのだと理解する。
「……ヌロゥ」
「一撃で終わらなかったことは褒めてやろう、ホイコントロ」
「なにが……」
「初見の攻撃に余計なことをするからそうなる。その後の対応の術を持たないなら、観察だけにしておけ」
「結局、なにが、起きたんだい」
「お前が攻撃したのは爆弾だ」
ユフォンは自分の中に落とし込むように呟いた。「爆弾……」
耳鳴りが治まってきて、辺りが騒がしいことに気付く。
「爆弾」
ユフォンは辺りを見回してもう一度呟いた。二人の周りにはさっきユフォンが攻撃した、中央が光る球体が無数に漂っていた。ゆったりと二人に向かってきている。その一つ一つを、離れたところで爆発させながら、ヌロゥは進んでいた。
そして自分の身体は火傷や切り傷でいっぱいだった。そうやって自分の様子を確認しているユフォンに、ヌロゥの声が問う。
「戦えるのか」
「え?」
「お前の策を試せるのかと聞いてるんだ」
「あ、ああ、うん……自分のことも治せるから、その後なら」
「悠長なことを。待ってくれるような敵なら、そもそも戦いにはならない」
「ははっ……そういう君は、セラが力をつけるまで待ったじゃないかい」
「益があればこそだ。やつには待つことに意味がない」
「あぁ……もっともだね」
ヌロゥは呆れたのか、なにも言ってこなかった。だからユフォンは身体に力を込めて、自分を包み込むように治癒のマカを発動させようとした。しかしそれより早く、ガラスが割れる音がして、その直後には彼の身体を優しい空気が包み込んでいた。
甘ったるくて心地のいい空気だ。
痛みが引いていく。身体が軽くなっていく。嘘のようだった。身体を動かし、重力に対して正対になる。身体を見渡すと、火傷も傷も癒えていた。
ユフォンはヌロゥに視線を向ける。「癒しの空気かい?」
「終わらせに行くぞ」ヌロゥは飛行を加速させる。「この陳腐な興行を」
数多の砲弾や刃物、それから爆弾。
攻撃を掻い潜り、二人はついに地上に降り立った。対峙するのは当然、ィエドゥだ。
ヌロゥはぬらっと笑う。「逃げずに待ってるとは」
「君たちこそ、逃げればよかったものを」
「戦争は終わりか? 次はなにが出てくる? 手を変え品を変え、まさに興行。だがそれも終わりだ。舞台から降ろしてやるぞ、器用貧乏」
ヌロゥはここで再び異空の空気を纏い直した。黒と白が濃くなる。
「器用貧乏だと……煽りか? それとも、侮辱か?」
ハットの奥の目が、ギラリと揺れてヌロゥを睨んだ。ヌロゥはくすんだ緑でぬらりと睨み返し、ィエドゥを鼻で笑った。
それを見たィエドゥはハットの縁を強く掴んで歪ませた。そして脱ぎ捨てる。
額に血管を浮かせ、憤怒の声を響かせる。
「利器の権化への侮辱は、わが父への侮辱っ! 簡単に死ねると思うな、隻眼!」
「ああ、簡単には死なないさ。そもそも、お前ごときに殺されるわけないんだからな。くくくっ」
地に足が着くと、浮遊感が残っていて覚束なかった。それでも、ヌロゥがわざわざィエドゥを怒らせるようなことを言って、戦いの緊張感を一気に高めた。
きっとヌロゥのことだから、相手を怒らせたこともなにか意味があるのかもしれない。そんなことをぼんやりと考えるユフォン。そんな中、彼は自分がどうにも集中できていないような気がしていた。これからは自分も戦うというのに、どこか他人事のようだった。