290:得体の知れない力
「勢揃い、というより一人増えているようだな」
ィエドゥはセラと刃を交えるビズラスを見て言うと、それからズーデルを見た。
「彼の中には三権の力がわずかに残っているようだ。中心に本体があるのだから万全ではないだろうが、バーゼィ。俺たちでも気を抜けばただでは済まないぞ」
ィエドゥの物言いに、バーゼィは気だるげに立ち上がった。
「気を抜けば? そんなことあるわけないだろ。だって俺は今、食事を邪魔されて、その邪魔したやつらを殺したいんだからな!」
「そうか。意欲があるならいい。まずは三権の残滓を宿す彼からだ。お前に任せる。俺は他を足止めしておく。出し惜しみはするなよ」
「言われなくても存分に使うさ。ここでは使い放題なんだからな」
バーゼィが歩き出した。
数歩進むと、その姿を消した。そしてすぐ、さらに数歩進んだ場所に現れた。消えて、現れる。消えては現れを繰り返しながら、徐々にズーデルに近づいていく。
素早い動きでの移動ではない。だが姿が消える度に、気配も消える。つまり消えている間は完全にいなくなっている。トラセードを使った移動に似ているが、まったく別の移動法だ。
セラの気がバーゼィに逸れ、力が抜けたところを見計らって、ビズラスがセラを押し込んできた。
「っ……」
力をいなし、それから数度剣を打ち合う。ヴェールがちらつく。
なにもできなくなってしまうことだけは、今の状況では駄目だ。想造の力を回復させながら、一定の力を残して戦う。対等に戦えくなったとしても。
ズーデルが残す三権の力も、バーゼィが見せた力も、底が見えない。
想造が使えなければ、圧倒的に弱者だ。それだけは避けなければいけない。
なによりビズを相手にどこまで本気を出せる。ズーデルによってここに存在する兄は、思い出も感情もない存在だ。セラに向けられる殺意がその表れだ。
ズーデルは偽者とも言った。
そう思えば。
そう思えれば、どれだけ楽に戦えるか。
セラの中にある記憶が感情を炙り、彼を偽者と思わせない。敵に思わせない。敵だと思い込めない。
剣を振るうことが苦しい。
剣を受けることはできても、攻撃できない。緩んだ彼女の一太刀一太刀が、ビズに簡単に払われる。
「力の抑制。それに躊躇い。そんなことで我々に勝てると思っているのか?」
ィエドゥがセラの背後を取った。いつの間に、それがセラの思ったことだった。気配の動きも、空気の振動も全くなかった。
「あの時に見せた空間を書き換えるほどの最高のパフォーマンスを発揮するべきだ」
「ご忠告どうもっ!」
セラは振り返りざまに、躊躇いなき剣を振るった。だがフォルセスはィエドゥの身体を通り過ぎただけだった。
「!?」
「幻影や幻覚ではないぞ」
セラは後ろから振るわれるビズラスの一撃をしゃがんで躱しながらィエドゥの声を聞いた。セラに躱されたビズのオーウィンもまた、ィエドゥの身体をすり抜けた。その様子を確認したセラだったが、原理を見抜くことはできなかった。
「俺はここにいる。今回はしっかりと、君の前に立っている」
ィエドゥはしゃがみこんだセラの眼前に掌を差し向けた。
なにか道具が袖口から飛び出てくる。そう思ったセラだったが、その考えに反して、彼の袖口からはなにも出てこなかった。
拍子抜けしそうになるセラ。だがその直後、彼女は殴られたように身体ごと仰け反った。後ろにいたビズラスに激突し、二人して倒れた。ビズラスも反応できなったようだ。
セラは立ち上がり独り言ちる。「なに……?」
なにかが放出された様子はなかった。なにをされたのか、セラにはさっぱりわからなかった。
「三権に由来する力ではないのだ。俺たちの力は」
「……随分早い種明かしね。また不利益にならないって?」
「そうだ。お前たちでは絶対に無理だ。感じ取れなかっただろう?」
「……っ!」
セラがィエドゥを睨んでいると、立ち上がりざまにビズラスが襲ってきた。ウェィラで受け、ビズラスから離れる。
「どうやら彼は君のことしか見ていないようだ」
ィエドゥの言う通り、ビズラスはィエドゥがやってきてからも、セラのことだけを敵として認識しているようだった。きっとズーデルが、そうさせている。
「そういうことなら、君の足止めは彼に任せるとしよう。一番厄介な君を最初に始末しようと考えたが、どうやら君も彼には本気を出せないようだしな。いい足止めになる。少しの間、席を外させてもらおう」
言い終わると、ィエドゥは消えた。
気配は追えないが、向かった先にいるのはきっとユフォンだ。そう思って彼がいた方を見るが、そこには倒れたフュレイしかいなかった。
「ユフォン……?」
探しに行こうとすれども、ビズラスがそれを許さない。
面と向かって刃を交え、薄黄金の瞳をエメラルドを払った瞳で悲し気にセラは睨んだ。
もう、やるしかないのか。