288:君は違う
セラが先に動いた。
触れないナパードでズーデルを迷宮の中心から離すように、自身の背後に跳ばす。彼女はそれを追うように踵を返すと、駿馬とトラセードの合わせ技で一気に彼との距離を詰めた。
とめどなく剣を打ち合う。途中で衝撃波や術式を交え、徐々に三権の力を持つズーデルを測っていく。ホワッグマーラで三つの権を手にした彼の気配は全く読めなかったが、今では読めている。想造のおかげだ。しかしそれでも、三権は想造よりも位の高い力だ。想造を生んだ力だ。想造がどこまで通用するのか。想造でどこまで対応できるのか。知っておかなければならない。
「張り切ってるね、舞い花ちゃん」
ズーデルは随分余裕だった。セラの繰り出す攻撃も易々と躱したり、ほこりを払うように弾き飛ばした。ただセラはその様子を見ていて、力が通じないと絶望することはなかった。
三権の力をもってしても、想造の力は弾き飛ばすだけ。掻き消されることはない。なかったことにはされていない。
想造を絶する力には及ばなかった。
遊ばれてるのか。それとも本当に、三権の限界はそこにあるのか。
見極める。
セラは打ち合いの最中、ウェィラを抜いた。そしてツバメはフクロウを映し出す。
二刀流で手数を増やす。それだけではない。あの時、共に戦ったビズラスを感じたかった。兄と共に、勝つ。
「ああ、それお兄さんのやつだよね」
青雲のマントの中からズーデルももう一本の剣を出した。ただセラに合わせたという感じで、二本でなくとも余裕なのだろうと感じ取れた。
「大好きなんだね、お兄さんのこと」
ズーデルは慈しむような笑みを浮かべた。
「会いたい?」
その言葉にセラは眉を顰めた。嫌な予感がした。
ここまでズーデルが見せたのは三権のうちふたつだけだ。終の権と場の権。
残るは生の権。
ドルンシャ帝はその力で、ビズラスの幽霊を呼び出していた。
「ふざけないで!」
攻撃の手を止め、怒りを露わにした。
「会いたくないの?」
「ビズ兄様はいつだってわたしの傍にいる。お前にはなにもさせないっ」
「……もうしちゃったけど。ほんと、傍にいるね、お兄さん」
セラは背後にその気配が現れたことに、下唇を噛んでズーデルを睨んだ。
「ほら、感動の再会でしょ? 笑いなよ……あ、それとも泣く?」
「セラ、危ないっ!」
ユフォンの声が遠く、彼女に危険を報せた。
セラは頭上に迫るオーウィンを、その姿を映すウェィラをあげて受け止めた。
ツバメとフクロウが音を奏でた。
重かった。
心に圧し掛かるものが重かった。
振り返りたくなかった。
戦いたくなかった。
「ビズ兄様……」
セラは二本のオーウィン滑らせながら、その下から抜け出る。身体を回し、フォルセスを振るう。せめて一振りで終わってと、願いを込めながら。
しかし、彼はそんな簡単な戦士ではない。
彼女だって、知っている。尊敬する兄が、こんなことで終わるわけないことくらい。
セラの手首は掴まれた。
左利きのビズの、空いた右手で。
そして、目が合った。
髪のブロンドを優しくぼかした色の瞳と。
ただその目は兄が妹に向けるものではなく、一人の戦士として敵に向けるものだった。
「兄様と呼んだようだけど、俺の妹はスゥライフ一人だ」
ビズラスの敵意に満ちた冷たい声がセラの胸に深く刺さった。
「君は違う」