280:“ここまで来て”
「それからこいつは謀反を起こし、青雲覇王になった」
ヌロゥは呆けるズーデルを横目で見る。
「植物板を読み、三権のことを知り、それを集めることで自分だけの新世界を造ろうと画策し、途中苦難もあったが成功させた。恐ろしく強い信念だ。感服に値する」
「理想を成し遂げる信念……」セラは険しい表情でズーデルを睨む。「確かにそれは認める。けどやり方を間違った。大勢の関係ない人が犠牲になった」
「手にしようとするものが大きいほど、払うべき代償が大きくなる。それが世の常というものだ、舞い花」
諭すようにそう言ったィエドゥを、セラはきっと睨む。
「大勢の人の命は、ズーデルが払った代償じゃない。その人たちは失っただけで、なにも得てないでしょ」
「ふむ、確かに。彼が払った代償は、現状、というべきか。新世界を造りながらも、その中でこんな状態ではな。無享受こそが代償か」
ィエドゥは嘲るように肩を竦めた。
途端、ズーデルの身体がびくりと動いて、椅子と卓を揺らした。
カッと見開かれた目が、天を仰いだ。
「来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来たぁ!」
叫びは狂乱。
誰もが何事かと彼に目を向ける中、卓の中心に純白の光が一筋降ってきた。ズーデルも含め、全員の視線がその光の柱に向く。
光は広がって、眩くセラたちを包み込んだ。
そうして視界が定かでなくなって、次にセラが視覚を取り戻すと、目の前には白い壁で囲まれた道があった。すぐに白い壁に突き当たり左右に分かれている。
そして遥か遠く、壁に遮られた正面にはさっきのものと思われる光の柱が見えていた。
「なにが起きたんだい?」
隣にはユフォンがいて、眉を顰めて訝しむ。彼以外は見当たらない。二人だけだ。
「わからない。たぶんあそこから跳ばされたんだと思うけど……」
『迷宮の中心に二人で辿り着いた組に三権を扱う権利を与えようと思う』
唐突に頭の中に声が、響いてきた。
「この声……」
ユフォンも同じようで、目を瞠り、耳を澄ませるように手で耳に触れた。
『単純に戦ってもらって生き残った人にとも考えたけど、それじゃあ足りないと思ってね。他の組の邪魔をしても構わない。遊びでもないから、命を奪っても構わない。とにかく、ここまで来て』
声はそれ以上続くことはなかった。
声の言う通りなら、他の三組も同じように跳ばされたのだろう。しかし彼らの気配は感じ取れなかった。それほどに遠いのか、他のなにかの影響か。
ユフォンが聞いてくる。「どうする?」
言わずもがな、セラの答えは決まっている。
「行こう」
二人は白き迷宮に足を踏み入れた。
白だったはずの壁が、灰から黒そして灰から白へと波打つように移ろいはじめた。
セラとユフォンが迷宮に入ってからすぐ、一つ目の岐路を曲がった時のことだった。
「……これって、異空?」
セラは呟きながら壁に触れる。
指先に伝わるのは硬質で、つるりとした感触。冷たくも、熱くもない。
途端、彼女の指先に微かな振動が伝わってきた。振動は次第に強くなってきて、セラは手を離すとユフォンに飛びついて、壁から大きく離れた。
直後、壁は砕け散った。
そしてその穴から上裸の男、バーゼィが飛び出してきた。
「くはははっ! 今度こそ殺してやるぞ!」
さらに遅れて、ィエドゥの顔が覗いた。
「目的をはき違えるなよ、バーゼィ。また死ぬぞ」
「あ゛っ! 誰が死んだって? だってそうだろ、俺は死にそうにはなったが、生きてたんだからな」
「では今度は死ぬかもな、あの時お前と戦っていたのは分化体。今回は本体だからな」
「どうだろうな。中身は違う。そうだろぉ!」
バーゼィが雄たけびを上げながらセラに跳びかかってきた。




