272:Before Zero Point 7
ヴェィルの世界創造に端を発して、民は三つに分かれはじめた。
世界を造りその地を納める者。自身では世界を造らずとも、母なる地から旅立つ者。そしてこれまで通り母なる地で暮らし続ける者。
最初の頃こそ、それぞれに交流を持っていたが、時が流れるにつれて、母なる地の者と外の世界の者の間の繋がりは希薄になっていった。
一年。
世界を造り移り住んだ者は、その世界で生まれた人間に、神と呼ばれる存在となった。
二年。
母なる地の外で生きる神以外の旅だった民を遊界の民と呼び、母なる地に生きる想造の民と区別した。
三年。
遊界の民への三権の恩恵が薄らぎはじめた。
四年。
恩恵を求め、遊界の民の数名が『想い送り』をするために母なる地を訪れるようになった。
五年。
神たちが神となった代償を知る。
六年。
数名の神々が、三権を求め母なる地へ攻め入る。
それは突然のことで準備をしていた者などいなかった。
家屋は崩れ、火に包まれた。大地はめくれ上がり、空気は刺すように吹き荒んだ。攻撃の音はとめどなく流れ続け、民の悲鳴すら掻き消していた。
『想い送り』がはじまるより前の時間だ。そもそも寝ていた民がほとんどだったことだろう。悲鳴を上げることすらなかったのかもしれない。
ヴェィルは襲撃の寸前にパッと目を覚まし、なんとか自身を護った。家は崩れ、瓦礫に埋もれたが、彼は無傷だ。
粉塵に遮られる朝の光。
なにが起きたのか、一瞬わからなかった。ヴェィルはまず妹の安否をすぐに知りたくなって、彼女のベッドがあったすぐ隣に目を向けた。
「フェル!……大丈夫か! フェル!」
返事がなかった。
「っ……!」
自分しか護らなかった自身を恨む。いや、それにはまだ早い。
ヴェィルは想造の力で家を元に戻していった。そこにフェルがいれば、そして命があれば、回復させることなど容易だった。
元通りになった家の中に、フェルの姿はなかった。
ヴェィルは呆然と呟いた。「フェル……」
これが死というものなのか。
死というものの知識はあった。しかし、その経験が彼、もとい想造の民にはなかったのだ。死ぬということは、その人物がいなくなるということだとしか、知らなかったのだ。
想造の民は三権の恩恵により、不老であり、天命がない。終わりである死はあったが、大抵のことでは命を落とさない想造の力を持った彼らには、実質、死は言い伝えのようなものだった。
フェルはいなくなった。
これが死というものなのか。
ヴェィルは大きく頭を振った。
――俺が直前で目覚めたんだ。フェルもきっと。
ヴェィルは身を護った。対してフェルは、逃れた。ヴェィルはそう考えることにした。妹はどこかに逃げ出したのだと、自身に言い聞かせた。妹を信じた。
フェルは大丈夫だ。ならば総代である自分がやるべきことは、他の家族を護ることだ。
ヴェィルは光の広場を目指した。
道中、この奇襲が神となった者たちの仕業であることを知った。神となって姿を変えたかつての友が、ヴェィルが今までに見たことのない、想造とは違う力で故郷を壊していた。
どうして。
疑問は一瞬だった。
すぐに怒りに顔を歪めた。身体の中から、熱が沸き上がってきた。
「ふざけるなっ!」
近くにいた屈強な上半身を露わにした男の神の背に、ヴェィルは出現させた剣で斬りかかった。
硬かった。斬ることを目的とした武器が、その役割を果たせなかった。
振り返る上裸の神。瞳は真っ白だが、面影のある顔にヴェィルはその男の名を呼ぶ。
「ヨコズナっ……!」
「ふん、貧弱っ!」
刃を手で掴むと、握って砕くヨコズナ。それにヴェィルが驚くのも束の間、白い眼が彼を見た。途端、揺れるような感覚に襲われ、ヴェィルは乱回転と共に吹き飛んだ。
地面に何度か叩きつけられたのち、誰かに受け止められた。
「ヴェィル、なにが起きてる! あれはヨコズナか?」
「それに、他にも神がいるな。……そういうことなのか?」
ロゥリカとコゥメルだった。二人の疑問に、ヴェィルは怒りのままに応える。
「ああ。あいつら、勝手が過ぎる! 話し合いだってできたはずだ。でもそうしなかった! 俺は許容したはずだ! 背を向け合って、想い合えないっていうなら、正面切ってぶつかるだけだ!」
「……あ、ああ」
「わかった。俺たちもそのつもりだ」
ヴェィルは二人の先頭に立って、ヨコズナを睨む。
「行くぞ、ロゥリカ、コゥメル。護るぞ、俺たちの世界。俺たちの家族。俺たちの三権を!」
両手に剣を握り、ヴェィルは駆け出した。