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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
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265:次の一手へ

 エァンダは黙ってユフォンの目を見つめていた。ユフォンもまっすぐと見つめ返していた。そんな彼の周囲を、空気を読まずにフェズが「俺じゃないのか」と繰り返しながら浮き回る。

 言い知れぬ緊張感やフェズの場違い感に場が凍り付く中、口を開くのはユフォンだ。

「もしくはフェズかも」

「おっ」フェズが得心して得意気だ。「やっぱな」

 それには構わず、ユフォンはエァンダを見続けて告げる。

「それに君かもしれない、エァンダ」

 低く、問いただすようにエァンダ。「なにを言ってるんだ」

「『それら』を壊す必要なんてない。僕たちは勝てる。セラ、フェズ、そしてエァンダ。この三人なら、『それら』を使えるって僕は思ってる」

「『それら』を使う?」ケルバが首を横に振る。「ヴェィルでも無理だったって今、言っただろ」

「これは憶測でしかないけど、想造の民には無理だっただけなんじゃないかな。思考の箍とかさ。だって、僕らは『それら』をその身に宿した人間を知ってるんだから」

「えっ!?」

 ケルバは頓狂な声を上げる。知っているセラからすれば大したことではないのだが、彼の反応からそれほどに信じられないことなのだと窺い知れる。

「ズーデルか」フェズが懐かしそうにしながら腕を組んで考え込む。「そういや、あいつどこ行ったんだろうな? あんな力持ってんのに、全然目立ったことしてないな。死んだのか、俺が飛ばしたから」

「青雲覇王?」これまで静観していたシァンが声を上げた。「わたし会ったよ。『怠惰な大河』で。上半身だけだったけど」

「上半身だけ?」ユフォンは訝る。「それは死体……いやでも会ったってことは、幽霊かい?」

「うーん、わからないけど、なんかもくもくしてて、でもレキィレフォの力で青雲覇王って呼ばれてる記憶を共有したから、間違いないよ。それでその時、新しい空に行こうって誘われたけど断ったの」

 ユフォンは顎に指を沿わせる。「新しい空……」

「ズーデルの目的は『それら』を使って時軸上にない世界を作ることだった」

 セラが言うとユフォンはすぐに返す。

「成し遂げたってことか。じゃあ今『それら』があるのはその世界!」

「二人で進めるな」エァンダが割って入る。「白輝の謀反人の気配は俺も知ってるけど、感じ取れない。時軸上にない世界だからってことが理由なら、どう探す。そしてどうそこへ行く?」

 光明が見えたからか、エァンダは冷静さを取り戻していた。言葉の刺々しさも、鋭敏さに姿を変えていた。

「僕が『名無しの鍵』を使って過去のズーデルの行動を見てくる。移動方法とか、入り口とかがわかるはず。止めないですよね、サパルさん」

 問われたサパルは少々諦め気味に言う。「君の身体が大丈夫なら、やぶさかじゃない」

「そうと決まればすぐにでも行動に移した方がいい」ケルバが前のめりに言う。「ヴェィルたちは必ず『それら』を求めて動く。神殺しと同じで絶対事項だ。故郷の完全復興のためには」

「頼むぞユフォン。向こうには白輝の転生者と、その連れの軍師がいる。つまり青雲覇王が『それら』を使えることは向こうも知ってるだろうし、その行方を捜すだろう。ただ、その居場所を掴むのはこっちだ。先手を打つ。そして勝つ」

「うん」ユフォンは強く頷く。「じゃあ集中がいるから一人で部屋に籠るよ」

 食堂を出て行こうとするユフォンはセラに視線を向けて、また強く頷いた。セラは頷き返して彼を見送くる。と、ユフォンが食堂の扉に手を掛けるより早く、その扉が勢いよく開かれた。

「ラィラィさん!?」

 ユフォンを驚かせ、入ってきたのはラィラィだった。その手に新聞を持ち、忙しく食卓に詰め寄って叩きつけるように広げた。

「オジョサンっ! オジョサンっ! 大変ネ!」

「えっ、誰ですの?」ネルが困惑する。「どこからっ?」

「ワタシ、情報屋(・・・)のラィラィ。ってそんなことはいいヨ! これを見るネ! 今異空中に散らばってるネ!」

 ユフォンを除いた一同が食卓にを囲んだ。そしてラィラィが持ってきた新聞を覗き込む。

「え……なにこれ……」

 セラはそれ以上言葉を続けられなかった。セラを含め全員のあまりの動揺ぶりに、ユフォンが戻ってきて、遅れて新聞を目にする。

「どうし……ぇ……!?」

 そのジュンバー異空新聞社の号外は絶望そのものだった。

「キノセ……?」

「先手?」

 セラの口の動きのない声とエァンダの自嘲の声が、食堂に重く落ちた。


「ゼィグラーシスっ!」


 ユフォンが叫んだ。そして相反して静かに告げる。

「ズーデルを追う」

 食卓に背を向け、今度こそ彼は食堂をあとにした。



 光あふれる世界に黒が閃いた。

 ヴェィルは取り戻した朝日をその身に浴びる。実際には戦いののち、封じられるその時まで何度か朝を迎えた。虚無感に苛まれる朝だった。だが、今は違う。

 ヴェィルがいくつかの世界を終わらせ、さらには無駄な兵士たちを始末して戻るまでに、エレ・ナパスでの戦いに参加しなかった者も集ったようだった。故郷の友と幾人かの協力者。

「一人で全部終わらせてないだろうな、ヴェィル」

 彼が故郷に集まった人々に目を向けていると、スジェヲが大鎌を担ぎ、肩を叩きながら近付いてきた。故郷は戻れど、ヴェィルが仮の肉体を造ったロゥリカを除いた同胞たちは、転生者としての肉体のままだ。

 本当に、これははじまりにすぎないのだ。

 神々を撲滅するだけではなく、友たちの真の肉体も取り戻さなければならない。そのためには必要なものは明白だ。

 力の源。

「三権の行方はコゥメルが知っていると、ロゥリカが言ってた」

「ああ、俺も聞いたぜ。協力者には反対してたが、その協力者のおかげで今は全部が一つの場所にまとまってるらしい。ネォベの協力者だ。あのやろう得意気にしてが、これが傑作でよぉ、そいつには裏切られてるんだぜ」

「ヌロゥか……」

「ネォベはお前の手助けになるように、そいつをお前の組織に入るよう仕向けたんだろうけど、まっ、半分成功、半分失敗ってとこか?」

「それで、どこにあるのかは聞いたのか?」

「ああ、でもよ、これが皮肉でよぉ。また協力者が必要になる。この軸からの影響がでかい俺たちじゃ、取りに行けねぇ場所だってよ。この軸から離れた世界」

「そうか、ではバーゼィとィエドゥを向かわせよう。俺たちは撲滅を続けながら二人の帰りを待つ」

「二人だけか? あの二人が新人類の中でも特異な存在なのは認めてやるが、向こうには三権の力があるんだぜ? 見くびり過ぎっしょ」

「見くびっているのはお前の方だぞ、スジェヲ」

「なに?」

「二人は異端児だ」



「向こうが見つける前に、俺たちが見つけないと。絶対に」

 ユフォンが去った食堂で、どれくらい時間が経っただろう。長い沈黙を、ケルバが静かに破った。

「それにまだはじまったばかりだ。異空中が力を合わせれば……」

 彼は最後まで言わなかった。確信がなかったのだろうとセラは思う。それは彼だけに言えることではない。

「……一気にこれだけ、それもたった一人で」サパルが不安の中、それでもケルバの言葉を引く継いだ。「そんな相手から、護れるのか」

「わからない」エァンダだ。自嘲は過ぎ去り、落ち着き払っている。「でも終わってない。そうだよな、セラ」

 問われたセラは新聞に落としていた目を上げる。

「うん、終わってない。終わってないなら、諦めない。ここでわたしたちが止まったら、ここまでみんなが紡いできた想いが無駄になる。そんなことは絶対にさせない!」

 机に置かれた拳を握り、セラはエメラルドを纏う。

「エァンダ。ユフォンがズーデルが造った世界に行く方法を見つけて戻ったら、行ってきてくれる。わたしは分化して、ヴェィルたちから異空を護る先頭に立つ」

「いや、お前は『それら』のほうへ行け」

「なんでっ!」

「ホワッグマーラとズーデルとくれば、誰だって思い浮かぶのはホワッグマーラの変だ。セラ、お前はそこにいて、『それら』の力を体験してるんだろ?」

「うん……でも、わたしならエァンダ以上に分化できる。わたしがいた方が、たくさん護れる」

「手を取り合えるんだろ、俺たちは。一人で背負うな」

「……」セラはその身体からエメラルドを取り払う。「それさっきわたしが言ったこと」

「ああ、そうだ。俺とお前は、背負い過ぎてる。お互い様だ。さっきまでの態度は悪かった……今は、あれだ、情緒不安定なんだ俺」

「わたしだって、まだ気持ちの整理ができたとは言えない。次々にいろんなことが起き過ぎてる」

「だから俺たちは手を取り合って支え合う。そして支えてもらうんだ」エァンダは食堂の面々を視線でなぞった。「見渡す限りの仲間が、俺たちにはついてる。背負える量は人それぞれだ。けど、少しくらい預けたって崩れ落ちたりはしない。信じられる仲間だ。違うか?」

 セラも仲間たちを見渡す。彼らの背後には、ここにはいない者の姿も思い浮かぶ。そして首を横に振る。「ううん」

「だろ。確かに俺やセラからしてみれば、実力の低いやつもいる。悪いけど、大抵がそうだろう。でもだからこそ、そいつらには、俺たちがしっかり前を見て進んでる後ろ姿を見せてやらないといけない。それが先導者の務めだ。ゼィロスがそうだった。なら、弟子の俺たちができないはずないだろ? なんてったて、俺たちは師を超えてるわけだしな」

 飄々と締め括ったエァンダと視線を交わすセラ。と、そこでズィードが声を上げた。

「そうそう! たくさんの荷物を背負ってても歩けるかもしれないよ、二人は。でも、荷物が邪魔で俺たちが二人を見れないんじゃ、意味ないよ。なら、俺たちがその荷物を持つ。な?」

 ズィードの賛同を求める声に、義団はもちろん、サパル、ネル、ヒュエリ、ついでにラィラィが頷いて見せた。そしてまたしても、フェズだけが違う反応を見せる。

「俺は隣を歩くけどな、普通に」

「ははっ、その役目は僕のだよ、フェズ」

 ユフォンだ。

 ユフォンがさらっと言いながら、足早に食堂に戻ってきた。みんなが囲む食卓に辿り着くと、宣言する。

「行こうか、新世界」



「それじゃあ、任せたぞ。セラ、ユフォン」

 日を跨ぎ、準備を整えたセラとユフォン。アズの地での見送りはエァンダだけ。緊迫した事態に、誰もが自分の役割を全うしている。こうしてエァンダの時間を奪ってしまっていることも申し訳ないとセラは思う。それでも、念を押す。

「エァンダも、お願いね。誰もいないところに帰ってくるのは、嫌だからね」

「信じろ。俺も信じて待つ」

 エァンダの言葉に強く頷くと、セラはユフォンと手を繋いだ。指を絡め合い、見つめ合い、頷き合うと、二人を包み込むように辺りに、たくさんの碧い光の粒が周回しはじめた。


前に(ゼィグラーシス)


 三人が視線を交わし、合言葉を揃えた。

 碧き光は収束し、包まれたセラとユフォンは一本の光の筋となって空を突き抜けた。



 アズの空を見上げるエァンダ。彼のエメラルドには、天を覆わんばかりの碧き花びらのきらめきが映り込んでいた。

 花びらが全て空に馴染んで消えると、視線を落とす。タェシェに手を掛け、まだ瓦礫として残る師の小屋を見やる。

 抜かれる黒き刃。

 群青が舞った。

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