260:最後のお別れ
ゼィロスが死んだ。
そう言ったエァンダの顔は、悼みの中に苛立ちを孕んでいたようにセラには見えた。救えなかった自分への怒りだとセラは思った。彼女自身もそうだったから。
トラセークァス城の一室で、ユフォンに寄り添い、セラはエァンダの話を聞いた。偉大なるナパスの導師の、ゼィロスの最期を。
~〇~〇~〇~
「惜しかったな、ナパスの化身。……ことは成された。さすがは、ヴェィルだ」
心臓を貫かれ苦しみながらも、ロゥリカは勝ち誇ったように言う。
エァンダは怒りに任せてタェシェを捻り上げる。
「ぐぁああっ……」
苦痛に唸るが、ロゥリカの周囲に赤橙が舞いはじめた。花がエレ・ナパスに漂い、転生者たちに触れると彼ら共々消えていく。
石の男の気配が消えたかと思うと、小石の兵士たちも一斉に赤橙に発光して消えた。連盟の戦士たちに一瞬の動揺が広がったかと思うと、それはすぐに歓喜の鬨の声に変わった。
エァンダにはそれが耳障りだった。
「お前は故郷には帰れないっ!」
セラがヴェィルに負けたと決まったわけではないが、『夜霧』の目的は果たされてしまった。それをわかったうえで、エァンダは目の前の男だけは生かしておくわけにはいかないと思った。
中身がどうあれ裏切りのナパスだ。影として葬る。なにより、ロゥリカの奥で段々と弱っていき、もう助からない状態にまで至ってしまっているゼィロスのためにも。
ロゥリカの肩を掴み、ゼィロスから離すように引き倒す。そうしながら抜いたタェシェを振るう。愛剣が教えてくれる絶命連穴を通る太刀筋に明確な殺意を乗っけて。
「ぐぅらっ!」
「ぶがぁっ……」
一瞬にして気配が消えた。仇討ちはあっけなかった。
感情的な荒い呼吸を落ち着かせていき、エァンダは伏したゼィロスに駆け寄り、上体を抱え上げる。そして鋭さを失った黄緑色の眼にまっすぐと告げる。
「ゼィロス……アーヴィっ…………」
「…………」
ゼィロスがエァンダの頬に手を伸ばした。エァンダはすかさずその手を握り、自らの頬に留めた。
「ゼィロス……」
「はぁ、ぁぁ……セラを……ナパスを、頼む、ぞ……。奔放なる弟子エァンダ……」
「っは、ぁはは……エプラに頼むか? 面白い冗談だな」
つうっとエメラルドから零れた涙をゼィロスの指が拭った。そして彼は弱々しく笑んで、眠った。
「……」
エァンダはゼィロスの手を彼の胸の前、『記憶の羅針盤』を覆うように組ませた。そして自身のナパスの証をぐっと掴み、そっと呟いた。
「偉大なる師よ。冥福を」
~〇~〇~〇~
セラはユフォンから離れ、話し終えたエァンダと抱擁を交わした。
二人の間に言葉はなかった。互いに励まし合い、慰め合い、怒りを鎮め合う。自分を責めるなと、けれど立ち止まるなと。
ゼィグラーシスと、言外に想いを通わせる。
長い間二人のゼィロスの弟子はそうしていた。その場にいたユフォンも、別室にいる仲間たちも、誰も遮ることなどしなかった。
互いに気が済むまで抱き合うと、二人は身体を離した。そしてエァンダが言う。
「さ、これ以上待たせるのも悪いだろ。二人をちゃんと眠らせてやろう。それから、これからどうするか、いや、その前に色々事情を知ってるやつから話を聞くのが先か」
エァンダのエメラルドはユフォンに向いた。
ユフォンは頷く。「うん。ケルバもいる。きっと今後やるべきことが見えてくるはずだ」
「セラ最後のお別れしてこい。そのあと、アズで二人を弔う」
「うん」
伯父と叔母を同時に失った。
客間のベッドでそれぞれ眠る伯父と叔母。
このあとアズの地で永遠の眠りにつく。
最後の別れだ。
セラは二つのベッドの間に膝を着き、静かに眠る二人の手をそれぞれ握った。温もりを感じない手だ。
「……バイバイ、ゼィロス伯父さん。……バイバイ、フェル叔母さん。……ありがとう、ありがとうございます…………ずっとずっと大好きだよ」
そうして碧き花が舞い、セラは二人の遺体と共にアズの地へナパードした。
アズの地は静かだ。
二人の弔いはセラとエァンダだけで行う。連盟では改めて葬儀を執り行うことになっていると、エァンダから聞いていた。