259:想絶と未来想造
「フェルさんっ、そんな……っ!?」
ユフォンは白い空間で膝を落とした。
フェルがヴェィルに刺された瞬間から、この空間に亀裂が走りはじめていた。
「こんな……こんな未来になるなら……僕はぁ…………」
親友フェズルシィがヴェィルをノアから離して、それで思念体にしたところで止めを刺すはずだった。それがユフォンの知る未来だった。
その未来が変わらないようにするために、セラの、みんなの元から離れたのに。
「……君の隣に…………」
咽ぶユフォン。アズの小窓に映るセラの姿が涙で歪む。
双子は正面に互いを捉え合う。
「お前が造った未来に、この光景はあったか、妹よ」
フェルは貫かれた痛みに顔を歪めながら、その言葉に瞠った目で兄を見た。
「兄さん、知って…………」
「俺が想絶を覚醒させたんだ。お前にも同じような現象が起きることは容易に想像がつく。さらに言えば俺が他の民に比べ想造に長けていたように、お前は未来視に長けていた。なら、こう考えるのはお前が俺の立場だったしても同じだっただろうさ、フェル。未来視のさらに先の力、その力に我が同胞は目覚めるだろうってな」
ヴェィルは刃から手を離し、フェルの手から耳飾りを奪おうと指を触れる。フェルは抵抗して力を入れて握るが、いとも簡単に解かれてしまう。
「さしずめ、未来想造とでも呼ぼうか」
フェルの腹に刃を残したまま、ヴェィルは妹に抱擁する形で、水晶たちを彼女の背で近づけていく。フェルは背後に水晶たちの振動を感じる。
「兄さん…‥やめて……」
妹の声には耳を傾けず、ヴェィルは動作と言葉を止めない。
「視ただけの未来には手が出せなかった。想造の力であるのなら、俺に消せないものはない。わかっていただろうフェル? お前が未来を造っていると考え至った瞬間、俺の望みが果たされる未来が決まったんだ。いいやつまりは、お前が視た未来を造り直したということは、その未来でも俺の目的は果たされていた。結局は同じことだったんだ。まあそれにしても、さすがにお前の想造だ、覆すのには骨が折れた。なぁ、どうせなら聞かせてくれ、フェル。一体どこまでがお前の想造通りだったんだ?」
「……っ」
「答えてくれよ。それとも故郷に一緒に帰るか? そうすれば、お前を殺さずに済むんだ。俺だって、お前が邪魔をしなければ、一緒に帰りたいんだ。みんなでまた、幸せに暮らそう」
「駄目、兄さん……前に、進――」
「……フェル」
フェルが最期に耳にしたのは、最愛の兄の声と、きぃーんと甲高い音だった。
水晶が砕け散った。
金縛りが解けた。
セラのサファイアは充血し、涙が溢れていた。その視線の先には、白髪に真っ青な目のセラの鏡映しのような男。ヴェィル・レイ=インフィ・ガゾンの真の姿。
彼は身体の感覚を確かめると、倒れるノアとフェルを細めた目で眺める。その目には、セラには遠く及ばないが、涙が溜まっていた。そして、真っ青な目がサファイアを見据える。
「娘よ。もう復讐なんてものは考えるな。終わりを大人しく待っていろ」
「ふざけんなっ!」
セラは激情のまま駆け出した。フォルセスをすくい取ると、大振りでヴェィルに斬りかかる。
「うぁああ゛っ!」
ヴェィルはフォルセスを握って受け止めた。その手からは、赤い血が流れる。
サファイアは青を睨む。
セラがフォルセスを引いてヴェィルの手を切り落とそうとすると、彼は黒き光となって消えた。彼の血が伝うフォルセスを力なく落とし、セラ両膝から崩れ落ちた。
「セラちゃ――」
「セラっ!」
心配を詰め込んだヒュエリの声を遮った声。その声にセラは顔を上げる。ヴェィルと変わるようにアズに現れたのは愛する人だ。
「……ユフォン」
筆師ユフォン・ホイコントロは涙のあとを残しながらも、毅然と告げる。
「ゼィグラーシス、セラ」
セラは俯き、ぽつぽつとアズの地を湿らせる。
「負けちゃった……負けちゃったよ、ユフォン……わたしたちは――」
顔を上げ、セラは叫ぶ。
「――負けたっ……!」
ユフォンはそんな彼女に無言で小さく数度頷くと、優しく包む。そして彼女の耳元で二人の信念を繰り返す。
「ゼィグラーシス……ゼィグラーシス……ゼィグラーシス……」
そのうちセラは落ち着いてきて、ユフォンの背に手を回し、そして泣き叫んだ。セラのその声はユフォンの肩にくぐもって、それでもアズに響き渡った。
しばらくセラの涙を受け止めたユフォンは、彼女に語り掛ける。
「セラ、みんなを連れてトラセークァスに行くよ。まだ助かる命があるだろう」
「……うん」
「そして、話をしよう……これまでのこと、これからのこと。…………辛いことが待ち受けてるけど、今度は僕が隣にいるから、一緒に受け止めよう」
セラはユフォンの肩から離れて、彼の目を覗き込んだ。念話やレキィレフォの力で、ユフォンの知っていることを、彼女が知りえてしまうことはない。それをユフォンは知っていた。その未来を知っていたわけではない。ただ彼女のことをよく知っているだけのことだ。
彼女は想造の力を使い果たしていて、ナパードすらできないのだと。
それでもセラはユフォンの言葉、それから表情からなにかを感じ取ったのは明らかだ。サファイアを潤ませ、一度、長いこと閉じた。
そして開いた泣き腫らしたサファイア。
「ゼィグラーシス……」
疲れ、泣きからした声で彼女はそう言った。




