258:戦いの結末
エァンダがロゥリカを背中から、全体重をかけるように僅かに宙に浮いた状態で刺した。
それはユフォンの知るものだった。
これで、ロゥリカは命を落とし、ゼィロスに敵の凶刃が届くことはない。
それがユフォンの知る結末だった。
だが、違った。
エァンダの一撃で力尽き、剣を落とすはずだったロゥリカの手には、未だに剣が握られていて、そして、その刃の行きつく先はゼィロスの心臓だった。エァンダがロゥリカ、ロゥリカがゼィロス。三人は剣で一直線に繋がっている。
これはユフォンの知らない結末だった。
ゼィロスが血を吐いた。対して、ロゥリカは口の端から血を垂らしながらも、口角を上げた。
「ゼィロスさんっ!」
ユフォンは小窓を強く叩いて縋った。その声が届かないことが憎らしい。強く握る拳に碧がちらついた。指輪の宝石だ。その輝きにユフォンの心臓が強く跳ねる。血の気が引く。
そんな光景は見たくない。けれども確認せずにはいられない。
彼はアズの小窓を見た。
セラは大きく吹き飛ばされた。ノアの手に握られた円柱の水晶にもう少しというところで、弾かれるように。そしてあろうことか、彼女の身体はヒュエリが持ってきた魔素を撒く装置を転ばし、大破させた。
魔素の供給が止まる。
セラは倒れたまますぐにフェズに目を向けた。
まだフェズはいた。その答えをヒュエリがくれる。
「セラちゃんとズィードくんが魔素が散らないようにしてくれているおかげです。ただ、装置が壊れてしました、時間が、ありませんっ」
「司書様、平気平気、これくらいなら問題ないって」
ノアの身体からヴェィルを引き離す作業を継続しているフェズの声は、確かに現状を問題視しているようには思えないくらい軽いものだった。
それに安心し立ち上がるセラ。だが、もう一度円柱の水晶を奪い返しに行くことを迷う。いま彼女が吹き飛ばされたのは、攻撃ではなかった。多体戦闘術・バルードだ。まるで反発する磁石のように、セラはノアの身体から弾かれたのだ。
ここで彼女は冷静になる。
両親からの贈り物だからと、すぐに取り戻そうとしたが、フェズに任せ、全てが終わった後に回収すれば済むことだった。
彼女がそう思った矢先だった。
不意にセラの身体が引っ張られる。ノアの身体に向かって。抗えない引力に、彼女の足は地を離れ、まっすぐと兄に引き寄せられる。これも、バルードだ。ヴェィルはセラとノアの間でバルードが発動するのかをさっき確かめ、できることを知ると反対に引き寄せることに使ったということだ。
「くんっ……」
セラはフォルセスを大地に突き刺し、動きを止める。それでも引っ張られる彼女の身体が地面と平行になる。フェズの攻撃に耐えながらもセラを引き寄せる力を上げているのか、それともフォルセスの切れ味が裏目に出たか、神の鳥が大地を裂きはじめる。
ジリ、ジリリ、シュリ……。
ついにフォルセスは抜け、引力に従った彼女はノアの身体を激突する。衝撃でフォルセスが地に落ち、ヴェィルはフェズから逃れることに成功した。彼はノアの身体に戻ると、倒れたままセラの首に腕を回し固く締めて動きを封じると、すぐさまその肌の火傷のよう跡を広げて黒きヴェールを纏い直した。
すぐにセラの外在力が消えた。少し遅れてズィードのもだ。そして反対にヴェィルが空気を操り、大きく風を巻き起こした。
フェズが再びヴェィルに向けて魔素を差し向けたが、遅かった。彼の身体は急激に薄くなり、ヴェィルとセラに迫っていた魔素は、直前でただの風になって二人の白金を揺らしただけだった。
「セラ姉ちゃんっ!」
ズィードが駆けてきた。だが彼自身がそう言ったように、いくら恐怖を乗り越えたとはいえ、ズィードではヴェィルには敵わない。地に転がったままの状態でヴェィルが大きな空気の塊をズィードへ放った。
「ぐんっ、ぬぁあああああっ!」
ズィードはスヴァニでそれを受け止め、消された外在力を纏い直し、風に背中を押してもらいながら押し返す。それでもジリジリとズィードの足は後ろに滑っていく。
セラはなんとかヴェィルから逃れようともがくが、バルードの応用か、まったく身体が離れない。セラが反対にバルードを使おうとも、それを凌駕する引力だった。
ついにズィードの足が浮き、彼は盛大にアズの森の木々をなぎ倒しながら吹き飛んだ。
「さあ、もう覆っているだろう」
ヴェィルは立ち上がり、セラの首を絞めたまま耳飾りを口に咥え、空いた手を彼女の腿のバッグに突っ込んだ。その時だ、またヴェィルの頬をなにかが打った。その衝撃でヴェィルの口から耳飾りが離れた。
ズィードの蹴りではない。
ヒュエリだ。
引きつってはいるが勇敢な顔で、ヴェィルに向かって衝撃波を放ったのだ。
「ヒュエリさんっ! 駄目、逃げてください!」
「いいえセラちゃん! わたしだって賢者の一人です。怖くても、逃げたら、駄目なんです……!」
「そうです、ヒュエリちゃん」
アズの地に白い光が閃いた。フェルだ。
彼女は現れると、転がった耳飾りの水晶を拾い上げた。
「その行動が、いま、未来を正しい道に戻しました」
「本当にそうか? フェル」
セラは後ろで呟かれるその言葉を耳にしながら、視線を腿に向けた。ヴェィルの手が、出てくる。
見開かれるサファイア。そこに映るのは、水晶の球体。
ふっと、セラを縛っていた引力がヴェィル諸共消えた。
セラは体勢を立て直すとすぐに駆け出した。ナパードしたかった。でもできなかった。想造の力が完全に切れていた。
「フェル叔母さんっ!」
駆けながらに手を伸ばすセラ。だが、彼女の動きは急に止まった。金縛りだった。時が止まったように、手を伸ばしたままの姿勢。
彼女には見ることしかできなかった。
フェルが黒き刃に貫かれるところを。
「だめぇっ!」