25:セラはどこだ?
液状人間と気体人間は大部分において似ていた。
生命の波を放つ技術は問題なくその実体に届く。そして生命の波自体には関係ないが、つられてぎこちなくなっていた外在力も、当然のように効果てき面だった。
空気を操る外在力は液状人間に対して以上に、気体人間の身体に負荷を与えられているようにセラには見て取れた。それでいて、下手な空気での攻撃ではその空気の所有権を、空気の少年に奪われることもあった。後者はセラにとって新たな発見だった。
「っふ」
気体人間の少年との戦いばかりに集中している戦況ではない。剣の精と伯父もこの場に入るのだ。
今もセラは、ゼィロスがヴェファーで受け止め、身体を反らして躱した、ドードの春一番から遅れて放たれた斬撃を避けたところだった。
四人は崖から山腹を下るように立ち回り、それぞれがそれぞれをけん制し合い決定打を欠いていた。
そろそろセラがヴェールを纏おうかと考えたころだった。
「気体人間の底力、見せてやるっ!」
竜巻の身体を持つ少年が先に動いた。その姿を辺りの空気に同化させ、他の三人を最初にゼィロスにしていたように、荒れ狂う風で囲った。
「さて、どうくる?」とゼィロスが呟いた。
「トト、カカ。俺たちもやるよ!」とドードは息巻いた。
「外在力、は、もう通じそうにないかな」
セラは弱気ともとれる疑問を口にしながらも、その顔には全く諦めの色はない。むしろ、瞳にエメラルドを宿して、好戦的に笑んでいた。
一方その頃。
緑が嫌というほど深い森に覆われた、ごつごつとした山岳地帯とは別の場所でも、当然大会の予選は行われている。
ホーンノーレンの近場の開拓地と思われる、見渡す限り砂と岩だけの場所。
赤黒い髪の屈強な魔闘士は、娘よりも若い女性と対峙していた。男は三つ、女は一つ、ブレスレットを所持している。
髪を刈り上げ、低い背丈と精悍な顔つきが一瞬少年を思わせる。なにより、体つきがあまり女性的とは言えない。ブレグほどではないが、鍛えられ、絞られた肉体だ。辛うじて胸の膨らみが、女性という正体を現していた。
「まさか予選で、しかも初日からあのブレグ・マ・ダレさんと手合わせできるなんて、光栄です! 手は抜かないでくださいね」
背の低い女は礼儀正しく頭を下げると、身の丈の倍はあるであろう背にした棒を、くるくると回してから構えた。
「不肖、モァルズ・デュ・ウォルン、参ります!」
ブレグは魔闘士には珍しい、腰に下げた剣を抜いた。
「よし、ブレグ・マ・ダレ。受けて立とう」
さらに海底洞窟から続く、海に沈んだ遺跡の中では。
マグリア開拓士団の羽織を纏った二人が並んで歩いていた。それぞれの腕にはブレスレットが二つずつ、光っている。
「ここにいた魔物って、結局誰が倒したんですか? フェズさんですか? 紅蓮騎士さんですか? やっぱりジュメニさんですか?」
「シューロ、嫌味か?」
「え、なんでそうなるんですかっ?」
シューロ・ナプラは黄色く縁取られた瞳を見開き、乳白色の髪を躍らせた。
隣のジュメニ・マ・ダレは背に垂らした紫色の三つ編みを楽しげに揺らした。父親譲りの瞳孔が赤く縁取られた目を細め、後輩を見やる。
「冗談だよ。でも聞くまでもないだろ、それ。あの空気読めない天才くんに決まってるじゃん」
「あはは……」
「もちろん、わたしやズィプくんだって戦ったけどね。フェズくんが手出したら一瞬だよ、一瞬。ふふっ、あー、懐かしいな。はぁ…………ズィプくんもこの大会に参加したかっただろうな」
「ジュメニさん……」
「ああ、悪い悪い。気にしなくていいからな、シューロ。さ、張り切って行こう。二人そろって決勝行くんだから。そして、今度はわたしが勝つ」
「はい。あ、でもまた僕が勝ちます」
「言ってくれるねえ、生意気な後輩だっ」
ジュメニは肘でシューロを小突いて笑う。
シューロはそれを手で払う。やんわりと、こちらも笑みを浮かべて。
そうした和やかな雰囲気が一変、二人は急に前方を睨み、身構えた。
「……ジュメニさん、あれって」
「……どういう、こと?」
ただならぬ雰囲気を醸しながら、陰りの中から二人に向かってくる者。
徐々に明るみになるその姿に、二人は困惑と驚愕の入り混じった表情を浮かべる。
「セ、ラ……セラはどこだ?」
そこには『紅蓮騎士』ズィプガル・ピャストロンの姿があった。