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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
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255:想造を絶する力

 伏しながらヴェィルを睨むセラは、その耳につんざくようなズィードの悲鳴を聞いた。放心状態から我を取り戻し、この状況を見てさらに恐怖したのだろうとセラはそう考えた。それ以上考える余裕は彼女にはなかった。

 想造を絶する力は想像を超えた力だった。

 完全なものではないことは、ノアの身体に火傷のような跡が広がっていることが証明している。だが、完全ではないのに、セラたち三人でも全く歯が立たなかった。

 ゆっくりと歩み寄ってくるヴェィル。途中で、ムェイがナパードの花を刃にする技術を発して、伏しながらに彼を襲うが、結果は簡単に想像できた。ヴェィルが軽く腕を振ると、花たちは最初からなかったかのように消え去った。

「ごめんねっ……セラお姉ちゃん! お兄さんの身体、殺しちゃうかもっ!」

 ハツカが荒い呼吸を整えながら、ヴェィルの横でサィゼムを後ろに引いていた。

「駄目ッ……ハツ、カぁ……!」

 ノアの命を奪わなければならない。ノアの身体を気遣っている場合ではなかった。このままでは異空が終わる。セラにもこの状況がそういうものだとわかっていた。それでも、彼女は自身の胸元を掴んで、ハツカに制止を呼び掛けてしまう。

 止まらないハツカの動きに、ハツカを跳ばすことまで考えてしまう。ここまできて、甘い考えを捨てきれない。そして実行に移す。

「っ……!」

 だがハツカは跳ばなかった。ヴェィルだ。彼がセラのナパードを絶したのだ。

 ハツカがだんっと一歩前に踏み出す。アズの地が揺れる。

「天地鳴動……」

 ハツカがヴェイルをきっと刺すように睨んだ。

「霊峰退去!」

 ヒバリが振るわれる。

 振動が止まった。ヒバリも止まった。ヴェィルがちょっと待てと言わんばかりに、ハツカが振るった剣に掌を向けていた。それで触れることなくハツカの一太刀は止まったのだ。

「その身体、想造物だな」

「?」

 ヴェィルが告げ、ハツカが訝しむ。そして、ぴとっとヴェィルがサィゼムに触れた。

 サィゼムが、アズの地に落ちた。

 虚しく鳴く。

 ハツカはなにが起きたのわからずに零す。「ぇ……?」

「!?」セラは目を疑った。ハツカの身体が消えていく。「うそ(クィフォ)……だめ……」

 指の先からカーテンを引くようにすーっと消えていく中、ハツカのサファイアは不安に揺れていた。セラはその目を見つめ返すことしかできなかった。そうしてついには視線は交わらなくなった。

 最後まで残った彼女の口が動く。「イ――」

 声は最後まで出なかったが、その唇は『イソラ』と動き切って消えた。

 彼女が身に着けていたものが、サィゼムに覆い被さる。

 セラは眉根を寄せて、一度俯いてから涙を湛えたサファイアでヴェィルを凝視して、食いしばる口の端から息を漏らした。

「セラっ!」

 ヴェィルだけしか見ていなかったセラの視界にムェイが入ってきた。伏したセラを支えながら起こす。

「逃げよう!」

 彼女の言葉をセラは一瞬理解できず、きょとんと首を傾げた。だからか、ムェイが繰り返して言い聞かす。

「逃げようセラ! 勝てない! 逃げなきゃ! 異空のために!」

 ムェイが有無を言わさずナパードをしようとするのを感じる。だが、跳ばなかった。

「邪魔な人形だ」

「うっ……!」

 セラの前でムェイの顔が苦痛に歪んだ。後頭部を気にするように震える手を挙げる彼女に、セラが覗き込むと、ムェイの後頭部から影光盤のように半透明な板が、何枚か重なり合いながら浮き出していた。

「眠れ」

 ヴェィルの言葉と共に、その板がガラスのように砕け散った。

「セラ、逃げ――」

 そこまで言うと、ムェイの瞳は色をなくし、痙攣しながらセラにもたれ掛かってきた。

「ムェイ……?」

 問いかけても無駄なことはもうわかっていた。もうムェイの気配を感じられなかった。ただの機巧の身体だけが残っていた。

「ぁっ!」

 セラにもたれるムェイの身体がヴェィルによって剥がされた。地面に転がるムェイから、迫るヴェィルに目を向けるとセラは彼に斬りかかる。

 どうせナパードで逃げることはできない。半ば投げやりだった。水晶も、ノアも護りたい。その両者を為すためには、ヴェィルの想造を絶する力を超えなければならない。

 バーゼィの神の再生能力を絶ち切った。鏡映しの反撃も絶ち切った。

 ヴェィルの力を見ていて、思ったのだ。あれは、父から受け継いだ力の一端なのではないかと。

 ハツカとムェイとの別れに対する悲しみ、ヴェィルへの怒り。

 その想いを、極限まで高めれば、もしくは。

 斬りかかる最中、碧きヴェールが膨れるのを感じる。

「ぅおぉぉぉっ――」

 大きく跳躍し、大きく振りかぶり、フォルセスをヴェィルの……ノアの心臓に突き刺した。

「ぅぬ゛んっ!」

「ぐぁぁ……」

 ノアの心臓はエムゼラが作った機械の心臓だ。セラはこれに望みをかけるしかなかった。エムゼラなら、すぐにノアを連れて行けば治してくれると信じて。

 セラはフォルセスを捻じ込み、ヴェィルの気配が消えるのを待つ。苦痛の表情だが、ヴェィルはセラから、セラの水晶から目を離さない。

 兄への攻撃への辛さから早く解放されたい。父の死を、願う。

「ふーっ、ふーっ、ふーっ……」

「ぐぬぁ、ぁ、ぁぁ……」

 ヴェィルの手がセラの耳に伸びてきた。

「っく、ん゛!」

 これでもかと、フォルセスに力を込める。

 その時。

「セ……ラぁ……」

 口の端に血を垂らし、発された声はノアのものだった。実際これまでもヴェィルの声はノアのものだったが、今のは、同じ声でも本物のノアの声だった。なにが違うのかと明確に説明できるものはない。しかし、今セラの目の前にいるのはヴェィルではなくノアだった。心がそう捉えた。

 それがセラに大きな隙を生むことをヴェィルは知っていた。彼の思惑通り、セラは力を抜いてしまった。その瞬間ヴェィルが戻り、彼女は首を掴まれ地面に叩きつけられた。

「ぐ、ぁ……」

 見上げると、ヴェィルはフォルセスをノアの身体から抜き捨てていた。そして傷口をその手で覆い、何事もなかったかのように服まできれいに元通りにした。

 セラは立ち上がろうとするが、ヴェィルに踏みつけられた。そのままヴェィルはセラの背に乗って、すでに大部分がただれたノアの手でセラの右耳に触れた。

「みんな、ついにこの時が来た。汚れたこの空に(とばり)を降ろし、あの日失われた澄んだ朝日を、みんなで迎えよう」

 乱暴にセラの耳たぶから水晶がもぎ取られた。

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