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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
257/387

254:万死

「フェズ、まだなのかい……? 君は天才だろ、なにもたもたしているんだい」

 白い空間で小窓に映るアズを覗きながら、ユフォンは拳を握る。彼自身は気づいていないが、あまりに強く握り込まれたことで、爪が皮膚を破り、血が溢れていた。

「フェルさん、僕様子を見に――」

 フェルはユフォンの言葉を遮り、彼の手を取る。

「ユフォンくん、落ち着いて」

 フェルが包み込むと、ユフォンの手の傷が消えた。

「さっきも言いましたが、じっと見ていることができないのはわかります。でも、じっと見ていないといけいないのよ。感情の昂りに任せて、あなたが出て行ってしまっては、未来が変わってしまう」

「うぅ……」ユフォンはもどかしく身体を震わす。「フェズ、早く頼むよ……」



「ぬぁあ゛あああああっ」

 禁書の中の魔導書館の司書室に目、鼻、口を大きく開いて苦痛に溺れる天才フェズルシィ・クロガテラーの姿があった。

 それを目、鼻、口から液体を流しに流すフュエリが見ていた。

「フェじゅく~んっ、がんばっでぐだぁざ~い゛……!」

「フューよ」ジェルマドが冷静に告げる。「頑張ってどうにかなるものではないだろう。我々は見守り、帝の成功を祈ることしかできんのだ」

「でぼぉ~……」

「……」

 ジェルマド・カフはしばし考え込むと、ヒュエリをひょいひょいと手招きした。

「ふぇ……?」

 不思議に思いながらヒュエリが近づくと、ばっと肩を抱きかかえられた。

「ふぇっ!?」

 さらには思念の手がヒュエリのお尻を撫でた。

「ふぁあ~っ!? 大先生っ! こんだどきに、だにしでるんですが~っ!」

「仕方ないであろう。こんなことしかできぬくらい暇なのじゃから」

「ぁあああ…………」

「あ!」

「お!」

 フェズの絶叫が止まった。

「死んだか」

 ジェルマドの言葉にフュエリがフェズの呼吸と脈を確認する。そして、ジェルマドを見て頷いた。

 神妙に頷き返すジェルマド。

「帝の身体は我が保存しておく。行ってこい、フュー。成功していることを祈る」

「はい!」

 フュエリは机の上に置いてあった抱えるほどの装置を携え、渦を巻くようにしてその姿を消した。



『俺たちが眠ってるってのに、簡単に命諦めんなよ』

 ズィードのフサフサの耳がぴくりと動く。ただ、それだけで彼に声を聞く余裕はなかった。

『「紅蓮騎士」を継がせたの、間違いじゃないの?』

 ズィプガルの声ではなかった。それだけはなんとなく認識できた。

『いやいや、こいつは「紅蓮騎士」だ。紛れもなく』

『そうだね。スヴァニも振れてる。資格は充分にある』

 また一人、違う声が現れた。

『資格は、ね。じゃあなにが足りてないのよ、この子には』

『想い、は充分あると思うけどな。なにが足りてないんだ、ビズ?』

『ズィー、まったく君は……」その声は呆れ返ったかともうと、ズィードに語り掛けてきたようだった。「いいかい、ズィードくん。まだちゃんと聞けないだろうけど、言うよ? 君に足りないものは経験だ。圧倒的に足りてない』

『いやいや、お兄さん。そんな、経験だなんて今ここでとよかく言っても仕方ないでしょ?』

『そうだね。でもここまでなったら想いだけで立ち上がるのは無理だ』

『じゃあ、どうすんだ?』

『ズィー、この子は君の弟子でもあるんだ。もうちょっと自分で考えてあげなよ』

『まあそうなんだけどさ、そんなこと言ったら、ビズは俺の師匠じゃん? 弟子の弟子のために頼むよ』

『わたしもお兄さんがなにをしようとしてるのか、気になる』

『まあ時間もないし手短にいこう。いいかい、ズィードくんに俺たちの経験を叩き込む』

『…‥それは、話して聞かせるってこと? 時間がないって今言ったばかりじゃない』

『そうだね。だから、伝え体験させる経験を絞るんだ』

『なんに?』

『俺たちにしか伝えることのできない、絶対的な経験さ。ズィードくんには、三回死んでもらう』

 ――死ぬ。

 ビズの声に、ズィードはどこか安堵した。殺してもらえる。この絶望から逃れることができるのだと。

『望み通り、殺してあげるよ』

 包み込むような声に温かさを感じた。それも束の間、ズィードを悪寒が襲った。

「うあああああああああああああああああ」

 あれだけ叫びたくても叫べなかったのに、彼は叫んだ。息を吐きだし終えても、叫んだ。喉をねじ切るような狂乱の悲鳴をアズの地に這わせた。

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