253:霹靂
たくさんの扉が現れ、大きな爆発が起きた。
ケルバはその様子を傍目に、小石の兵を斬り伏した。そして義団の仲間たちの様子を確認する。ダジャールとシァン、そしてアルケンの三人が主だって小石たちと拳を交え、そこにソクァムが遠距離からナイフを投げ援護する。加えてピャギーに乗り空を舞うネモが注意を逸らし敵の隙を作っていた。きれいな連携だ。本来ならケルバもそこに混じりたかったが、今回ばかりは離れた。
引け目を感じたからではない。仲間をここに連れて来ただけで、ケルバとしては大きな譲歩なのだ。
転生者との戦いに巻き込むわけにはいかない。なにより、いま目の前に現れた人物との関りは、転生者同士ということを差し置いても、あまりにも個人的ものだったから。
「ノージェ……!」
額に触角を持つ女が、ケルバをものすごい剣幕で睨む。そのはずなのに、その顔はどこか悲し気で、ケルバも似たような顔で彼女を呼び返した。
「モェラ……」
戦場に二人だけの静かな空間が生まれた。
「なんで……なの……」
モェラは問い詰めるように、ただそれだけを投げかける。
「前話しただろ。君が、拒んだんじゃないか。ついてきてくれると、思ったのに」
「違う……ノージェ。違う。あなたがなにも言わずに、行っちゃったんじゃない……」
「じゃあ、今からでも俺と一緒に来る? さすらい義団、みんな楽しいやつらだし、モェラも気に入ると思う」
「……」
モェラはしばし押し黙り、嫌悪したように顔を歪める。
「……無理よ、だってわたしたちとは違う」モェラは触角にそっと触れる。「この身体も……不細工な失敗作じゃない。吐き気がするわ…………」
「……結局、拒むんじゃん」
「みんなで帰ろうよ! もう少しだよ? またさ、寝てるノージェをわたしが起こしてさ、それで、旅しよう? わたしとの旅じゃ、駄目なの?」
ケルバは一度視線を落としてから、まっすぐとモェラを見た。
「駄目じゃないよ」
「じゃあ――」
「駄目じゃなかったんだけど」ケルバはモェラを遮って、剣を構える。「もう無理かな。吐き気がする」
眉根を寄せて唇を噛むモェラに、ケルバは涙を流しながら斬りかかる。
「なんでよっ!」
モェラの触角から雷が走る。ケルバはそれを横に逸れて躱すが、雷はジグザグと剣に誘導された。それを見て剣を手放すと、モェラを押し倒して馬乗りになった。
「そっちこそ、なんでだよ! 俺たちが完成された存在だなんて思い上がりだぞ!」
「そんなことない! 永遠に朽ちることのない身体と魂を持つわたしたちが、完成された存在じゃなかったらなんだって言うの!」
ケルバは静かに迫力ある声で即答する。「前に進めないマヌケだ!」
「…………マヌケ? なにそれ?」
「わかってもらえるなら、こんなことにはなってない」
「……もう、わかり合えないんだね、ノージェ。ううん、そっか、うん、そうだ……」
焦点の合わない目で、ケルバをぼーっと見上げるモェラ。うわごとのように続ける。
「ノージェは死んじゃったんだ。ふふっ、しょうがないなぁ、寝坊助ノージェくんは。転生もだるいとか言って、やらなかったんだ」
虚ろな瞳から涙が零れる。
「ごめんね、ノージェ……わたしが傍にいて、手を引っ張ってあげればよかったね……ごめんね、わたしのせいで…………」
「……」ケルバはモェラから狂気じみたものを感じながら言う。「人を勝手に殺――」
モェラの触角から雷が放たれ、ケルバを大きく吹き飛ばした。
地面に落ち、ケルバが痺れるままに立ち上がると、モェラも立ち上がっていて殺気に満ちた目でケルバを見つめていた。その身体にバチバチと雷と火花を光らせて。
「不細工な失敗作が汚らわしいわ。わたしの上に乗るなんて」
「あーあ、怒らせちった……」
ケルバは小さく首を傾げて独り言ちた。
モェラが手を振り上げると、天に雷の輪ができて、その中心からケルバに向かって轟音と共に雷が降ってきた。
それに対応しようと見上げるケルバだったが、彼の前に巨体が立ち塞がった。ダジャールだ。
「ダジャ――」
ケルバの言葉は轟音に遮られ、視界は激しい光に白んだ。
「なにやってるんだ!」
目がはっきりと白虎の背中を映すと同時にケルバは叫んだ。だが僅かに焦げた両腕を振りながら、振り返ったダジャールが叫び返してくる。
「そりゃこっちのセリフだ! てめーこそなにやってんだ一人でよぉ!」
ケルバの後ろに仲間たちの気配があった。ケルバが振り返るより早く、ダジャールが鼻を鳴らしてモェラに視線を向けてから告げる。
それはモェラに対してか、それともケルバに対してか。
「俺たちはさすらい義団だ」
雷が落ちたような轟音にズィードは正気を取り戻した。自分がどうなったのか、わからなかった。わからないままに目の前で起きている戦いに絶句した。
セラとセラに似た二人の女性が、セラの兄の身体を持った敵と戦っていた。彼が絶句したのは、セラに似た顔が増えたからではない。
絶望が広まっていた。
セラを助けに来たはずだったが、場違いだったのだと思い知らされる。自分には、今、目の前で行われている絶望的な戦いに参加するなど、できなった。考えられなかった。助けに入れるわけがない。
そうだ。助けが必要なのだ。
三人には助けが必要なのだ。それなのに、ズィードは動けなかった。『紅蓮騎士』なら、『碧き舞い花』を助けなければいけないのに。打ちひしがれて、涙を流すことしかできなかった。
駄目だ。
外在力やマカ、気魂やズィードが知らない不思議な力もなにもかも、セラたちが放つなにもかもが、黒いヴェールを纏う男の前では無力だった。
掻き消されていく。
押し潰されていく。
薙ぎ倒されていく。
焼き払われていく。
そして、三人が、膝を着き、伏していく。
叫びたかった。夢だと思いたかった。来なければよかった。目を閉じたかった。
――誰か、助けて……くれっ!
違う。今の感情に命乞いは間違っていた。
――誰か……殺して……。