252:化身の力
「増援か……。トゥオツ、もっと小石の兵を増やせるか?」
ロゥリカが石の男に言った。
「ナパスの民は去っただろう、こちらに戦力を集中させてくれ。化身の足止めを頼む。みんなもその方向で頼む。俺はここでのそもそもの目的であるゼィロスを仕留める」
そうしてロゥリカは赤橙の花を散らして消えた。
ロゥリカを追うように、触角の女も湖畔から町の方へと移動をはじる。仲間の転生者の男が呼び止めるが振り向きもしない。そしてその呼び掛けた男の肩に頭を燃やす男が手を置いた。
「放っておけって、どうせノージェのとこだろ」
エァンダはミャクナス湖周辺に小石の兵が増える中、ブレグに告げる。
「みんなにはあの石の兵士と戦うように伝えてくれ。中にはどれが敵か判別できないできないやつもいるだろうし。他は全部俺がやるから」
「……わかった。だが、エァンダくん、無理は――」
「するさ。けど安心していい。もう聴き分けのないペットはいないから」
「……そう、なのか?」
「そうなんだよ。じゃ、エレ・ナパスのために頼んだ」
言い残してエァンダは転生者たちの方へと駆け出した。すると彼を見送るブレグをはじめ、彼の周囲の戦士たちの身体が薄く群青に光りはじめた。
エァンダは移動しながらそれを確認する。そして前方にいた舌をだらしなく出す女の反応でそれが自分によって引き起こされていることだと知る。
女は群青に光る連盟の戦士をみて目を細める。「力を付与してるの……!?」
「これも世界の化身の力……」
確かめるようにグースが言うと、頷くのは白輝の老人コゥメルだ。「そういうことだな」
化身。
心当たりがないと言えば嘘になる。これまでは勘で片付けていたいくつかのことがある。どうしてかエレ・ナパスやナパスの民に関して、異常に働く勘があると。
『夜霧』の襲撃も、セラとの出会いも、今回も。
それに、ナパスのためにと動く時は普段以上に力が湧いた。ただの思い過ごしだと思っていたが、どうやら違うようだとエァンダは思う。
今もまた、疲労が拭われていた。
「タェシェ、どうだ?」
語り掛けると、タェシェは苦言を呈した。
『さっきからそんなに経ってないわ。それにエァンが心配させるし』
「俺のせいにするのか?」
エァンダは舌の女にタェシェを振るう。
『ワタシはできる女よ。他人のせいにはしないわ……それより』
「ん?」エァンダは舌女を蹴り飛ばし、それから鋭利な四肢の男をタェシェで受け止める。「なんだ」
『あのナパスの男の剣が遠くに行ったわ』
「……」
エァンダは気配を探った。すると確かに近くにロゥリカの気配がなかった。その居場所は……。
「ゼィロスのところ……」
エァンダは鋭利な四肢を潜り抜け、離れた場所にいた薄衣の男の懐に入り込んで肘を入れた。
「……歴史家殺しかっ」
思い至ったエァンダは視線をゼィロスのいる方へと向ける。その姿を視認することはできないが、かなり弱っている。激しいロゥリカの気配の動きを感じ取る。ゼィロスが大きく押されている。
エァンダは石の男の拳を剣で流しながら念波を飛ばした。ゼィロスの傍にいる友へ。
――サパル! ゼィロスをっ!
『わかってる……けど俺も囲まれてるんだ、来てくれ!』
それは純粋に救助を求める声だった。ただサパルの動きが封じられているように、エァンダもナパードを許されないほど俊敏な攻撃の連続を受けていた。疲労が回復したことも含め、敵を圧倒しているのに、その手数にその場を離れることができない。
「っち」
エァンダはもどかしさと焦りから舌を打った。かと思うとサパルのもとに助けとなる気配が現れたことに、エメラルドを細めた。
そしてちょうどエァンダがその大鎌を受け止めたスジェヲが、瞳を丘の方へ向けて同じく細めた。そして零す。
「おいおい、二人目とか。こんなことありかってのっ……!?」
エァンダからの念話の続きがない。そんなことすら考えられないほど、サパルは手一杯だった。
小石の兵士たちに囲まれてゼィロスの姿も見失った。連盟の増援が来たのはいいが、その途端ゼィロスの前にブァルシュが現れ、二人は引き離された。
影の秘伝を無理して使ったゼィロスは気配が弱るだけに留まらず、赤紫に白を混ぜていた。異様な弱り方だ。エァンダの念話に続きがあろうとなかろうと、すぐにでも助けに向かわなければ。
サパルは僅かに躊躇ってから、一本の鍵をちぎり取った。それを自身の掌に向かって回す。すると彼の手の中にまるで心臓のように脈打つ鍵が現れた。
『命の鍵』だ。
生物、人工物に関わらず、万物の命の開閉を一捻りで行う代物だ。
サパルは意を決してそれを握る。これで戦わずして小石の兵を終わらせることができる。だが、一体につき一回しするとなれば、逆にサパル自身の命が危険に晒されるほどの負荷がかかることが予想できた。それでゼィロスのもとに辿り着けたとして、助けになるだろうか。
サパルは頭を振り、それから呼吸を整える。そして一言、自分に言い聞かせるように呟いた。
「七封鍵回すのも、慣れたものだろう? なにせもう半分、四本目だ」
まずは正面の小石兵にその鍵先を向ける。
そうして彼が手首を回そうとしたその時だった。
彼の眼前に扉が現れた。ゆっくりとサパル側に開く。
じゃらじゃらと鍵束を揺らし、ボルトとナットに満ちた服の男が揚々と躍り出て、サパルにひょいっと手を挙げて見せた。
「よぉ、サパル」
サパルは面食らう。「…‥」
男は眉を顰めながら笑う。
「おいおい、まさか久しぶりで名前忘れたのか? 悲しいぞ、そりゃ」
「ポルトー……」
「おう、なんだ忘れてないじゃん」
「どう、して?」
ポルトー・クェスタは考える素振りを見せたかと思うと、あっけらかんと肩を上下させた。
「虫の知らせ? なんかお前がやばいんじゃないかなって思ってさ」
「なんだよ、それ……?」
「さあな、わかんね。けど、やばいのは本当っぽいじゃん……ってか、それ『命の鍵』かっ?」
言ってポルトーはサパルの手を押しやって正面に向けられた鍵先を逸らした。
「物騒なもん人に向けんなよっ!」
「……」サパルは呆気に取られるばかりだ。
「そんなもんしまっとけ、しまっとけ」ポルトーは振り返り、サパルに背を向ける。「代わりに俺が本気を出すからよ」
プチン、プチン、プチンとポルトーは指と指の間に挟むようにしていっぺんに八本の鍵を両手にした。それを顔の横に持ってくるとわざとらしくびくつきながら左右を見た。
「?」
サパルが訝しむと、ポルトーはにっと笑ってサパルに振り向いて、ひそひそと告げる。
「ルピの時は本気出す前に眠らされたからさ、ちょっと警戒してみた」
「……」また言葉を失ったサパルだが、すぐに我に戻りポルトーに言う。「助けに行かないといけない人がいるんだ。道を開けてくれっ」
「開けるのは言うまでもなく、得意だ」
ポルトーが一斉に八本の鍵を回した。