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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花

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246:はじまった場所、終わった場所

 殴られ、体勢を崩すエァンダ。するとその先に移動したフェースの蹴りが腹に入る。

「んぐっ」

 フェースが離れるより早く、彼の脚を掴んだエァンダ。そのまま身体を倒し、フェースに馬乗りになると頬を殴り返した。しかしこれも手応えはあれど、残像だった。エァンダの背後から、今度はフェースが馬乗りになる。

 エァンダは自身に刃が振り下ろされるのを感じるや、すぐにフェースとの間に花を咲かせた。群青が迸り、フェースを細々と切り裂きながら、その攻撃を止める。

 フェースが離れていく。エァンダは身を翻しながら立ち上がり、フェースと相対する。見ると、フェースの身体にある細かい裂傷たちが癒えていく最中だった。

 エァンダはタェシェと意思を交わすと、その場所を割り出し、先ほどの花たちを向かわせた。ほどなくすると、彼のもとに、群青と共にカラスが舞い戻る。

「タェシェ……悪魔もいなくなったんだ、もう本気出せるだろ?」

『ええ、そうねエァン。でももっと寝ていたかったわ。それに、女の子にはいろいろ準備が必要なのよ?』

「準備できないのか?」

『できてるわよ。だってワタシはできる女だもの。それよりもあなたの方こそどうなの?』

「なにが?」

『強がっちゃって』

「なんのことか知らないけど。準備できてるなら、いいな」

『もちろんよ!』

 エァンダはタェシェを圧縮した空間を通して投げた。そして自身も駆け出す。

 フェースが黒い液体を腕の形にして伸ばしてきた。それを超高速のカラスが左右に裂いていく。いや、裂いた。タェシェはもうフェースの眼前に躍り出ていた。そして彼女だけでなくエァンダもだ。というよりも、エァンダは彼女より先にフェースの正面に立って、剣の到着を待っていた。

 黒き剣が到達すると柄を握り、流れるようにフェースの後方へと抜け出た。その首を撥ねて。

「……厄介だな、悪魔の力は」

 エァンダが軽く振り向きフェースを見やると、フェースの首の切り口からは黒い液体が糸を引いていて、胴体に繋ぎ止められていた。どくどくと液体を輸送させながら、徐々に胴体へと戻っていく。

『首斬っても死なないなんて、キモいわ』

「一応俺の兄弟子なんだ、そう言うなよ」

『あら、ごめんなさい。敬意はあるわ』

 タェシェの平坦な声にエァンダはじっと彼女を見た。

『なによ』

「別に。お前は俺だけ尊敬してくれてればそれでいい」

『ごめん』

「なに?」

『あなた以外にも尊敬している人がいるわ』

「誰?」

『セラ。あの子にならずっと握られててもいいわ!』

「ああそう」

『妬いた?』

「別に。だってセラだし。もし俺がいなくなったら、お前はあいつのところに行くといい」

『いなくなるの?』

「そんな予定はないな」

『なによそれ、バカにしてるの』

「信頼してんだよ、タェシェ」

『エァン…………キモいわ』

 エァンダは小さく鼻を鳴らす。「ま、俺もバケモノだからな」

『……キモいわ』

「おいっ……はぁ、いいや。フェースの首も繋がったし、話は終わりだ」

『繋がるのを待つなんて、お人好しすぎじゃない?』

「待ってたのはお前のためなんだけど?……そう言うからには、もう見えてる(・・・・)んだろうな」

『当然。ワタシはできる女よ』

「指示してくれ。友として、苦しませずに逝かせたい」

『ほんと、お人好しね』

 首の繋がったフェースが振り向く。「さっきから誰と話してる」

「ふっ」エァンダは肩を竦める。「まあ、二対二ってことだ」

 活火山たちが、急に静かになった。地鳴りも、噴煙も控える。二人の戦いに終わりが近いことを察知したのか、それともただの偶然か。

 エメラルドと赤紫が火花を散らす。

 互いに静かに一歩を踏み出した。

 硬質な高音が響いた。

 エァンダとフェースはその位置を交換し、互いに剣を振り抜いた姿勢で背を向け合っていた。

『さすが。惚れ惚れするわ、本気のエァン』

「それはお互い様だ」

 エァンダはタェシェを握ったまま振り返る。一度天を見上げてから、剣を振り抜いた形で固まるフェースを見やる。

 息絶えたことに気付かないまま逝った兄弟子。あの悪魔でさえ、まさか宿主諸共絶命するとは思わなかっただろう。

『慰めの言葉の方がよかった?』

「そうだな……いや、もっと褒めていいぞ」

 エァンダはタェシェと話しながら、フェースの遺体に近づくと、そっとその瞼を降ろす。それからタェシェを山肌に突き立て、優しくフェースを寝かせる。

『……あなたはよくやったわ、エァン。影の使命を果たした。師匠にも兄弟子にも、非情になって……辛かったでしょう。ワタシには全部伝わってたわ』

 エァンダは愛剣の声を聞きながら、フェースの胸に手を置いた。そこに『記憶の羅針盤』はない。成人を前にエレ・ナパスを発ったのはエァンダも同じ。それなのに、二人は違った。このゴォル・デュオンでの事故がなければきっと……。

 はじまった場所。

 終わった場所。

 フェースがなにを望んでこの地に跳んだのか、エァンダにもさすがに思い測ることはできない。ルファのときのように最期に言葉を交わすこともできない今となっては、なにも確かめようがない。

 ただ、触れないナパードがエァンダにもできると言ったフェースに、思念の揺れはなかった。師がヴィクードと影名をくれたように、兄弟子もそれを教えてくれたと、良いように解釈しよう。エァンダはそれを、言いようのない、やり場のない感情の終着点にすることに決めた。喪失感、達成感、郷愁と後悔……無理やりに行きつく答えを作らなければ、ここで歩みを止めてしまいそうだった。

『ゼィグラーシス』

 エァンダが一番欲しい言葉をタェシェがくれた。

 そう。まだ、止まってはいけない。ナパスのために。それが『ナパスの化身』たるエァンダ・フィリィ・イクスィアなのだから。

 ゼィロスが。エレ・ナパスが。危機に見舞われているのを勘が告げている。『夜霧』の襲撃のときのように。

 サパルと出会っていたことでどうにかなったが、あの時は間に合わなかった。

「さすがだな」

 突然の声。その声はもちろんタェシェのものではない。ちょうど今考えていた、相棒だ。サパル・メリグスは扉からその姿を現し、微笑みを湛えて肩を竦めていた。

「連盟からの連絡を受けてすぐに来たっていうのに」

「間に合わなかったって? 安心しろサパル。今回は間に合う」

「?」

 訝しむサパルにエァンダは真剣な眼差しを向ける。

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