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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
244/387

241:フルオーケストラ・リサイタル

 キノセは鈴の音からくる痛みとは別に、頬に痛みを感じて五線の瞳を開いた。

『賢者評議会』への参加がなければ、大事に思うのはメルディンただ一人だっただろう。けれども今は、違う。出会いの日に殴ってきたナパスの姫からはじまって、大事なものは増える一方だった。今ではミュズアにもいやすくなった。心色指揮法も音率指揮法も受け入れられ、広まっている。

 故郷のため、仲間のため。

 キノセの行動理念はそこにあった。

 親を殺すことからはじまった才能を、今では大事なものを護るために使えている。

『あなた~は好きなよ~に、仲間~をつくりなさ~い』

 ふと師の言葉が頭に浮かんだ。まだ『賢者評議会』が発足して間もない頃だ。

『わたし~は、「賢者評議会」に対し~て強く出るつもりです~が、キノセ、あなた~は真似する必要~はないで~す』

『なぜですか、メルディン様? なぜ、強く出る必要が?』

 ミュズアの旋律協会の理事たちは異空に対してさほど興味を示さず、関わろうとしなかった。だからこそ異質な存在であるメルディンとキノセを『賢者評議会』へと送り出した。だが、メルディンはこれを好機にする気でいたのだ。

 ミュズアと異空との関係をより親密にする。

 メルディンはミュズアの指揮者として他世界の者たちに強い態度を示すことで、対等の関係を築こうとした。下手にへりくだったり、ミュズアという世界自体が異空に対して興味がないとわかれば、他の世界の人々は離れていくだろうという考えだった。

 最初キノセもそれに賛同し、師の言葉ではなく行動に倣っていたが、セラとの出会いから状況が変わっていったのだ。

 苦労する師を差し置いて自分だけ新たな友を作ることに、当初は引け目を感じていたが、そのうちにメルディンに対して連盟の人々が理解を示していると知ると引っ掛かりはなくなった。ミュズアも異空に目を向けるようになり、師の想いと努力が実ったことも嬉しかった。


 ――いつまで思い出に浸ってるの? 死ぬ気じゃないんでしょ?


 また頬が痛み出したかと思うと、セラの声が聞こえた気がした。まったく安い挑発をしてくる。

 キノセは乳白色の指揮棒を視界に捉える。手を伸ばしても届かない。

 それがどうした。

 キノセは小さく指先を曲げた。すると指揮棒はこっこっと小さく跳ねる。キノセが五線の瞳で指揮棒を睨んでいると、ついに指揮棒は宙に浮いた。

 そのまま宙で指揮棒が振るわれると、爆音が鈴の音をかき消した。

 キノセは耳をさすりながら、痛みに耐えつつ立ち上がる。

「相手の得意分野で戦ってくれるなんて、随分良心的だな。それとも、ミュズアの指揮者、舐めてんのか?」

 宙に浮く指揮棒を手に引き寄せると、キノセは頭の上で大きく円を描くように振る。それから天に向かって突き上げた。

 指揮棒を中心にさざ波のように音波が広がる。

「お前のショー? 違うさ、これは……俺のステージだ!」

 キノセは指揮棒を振り下ろし、指揮をはじめた。

 音波が止み、共鳴していた鈴が揺れている。だがその音はキノセには届かない。鈴の音が勝てるはずないのだ。

 界音楽団(フルオーケストラ)独奏会(・リサイタル)

 ミュズアの指揮者たちの中に共通する、一人前の基準がある。奏者なしでのオーケストラ。

 指揮者一人でオーケストラを奏でられなければ、ミュズアの指揮者ではない。これは多分において単純に音楽だけを奏でる場合に言われることだが、キノセにとってはその限りではない。メルディンの弟子として、恥のないように積んできた訓練。その賜物である。

 火の音、水の音、風の音……火炎の和音、大海の和音、嵐の和音……天変地異の旋律……破壊の拍子。

 複合的に相まって荘厳な音楽が場を支配する。その中心にいるのが指揮者(キノセ)だ。

 空間は縦横に揺れ、鈴たちはひしゃげ、潰れていく。

 そのうち、キノセの正面にィエドゥの姿が現れた。空間と同じように揺れながら、ハットのつばをくしゃりとつぶして耳を押さえ、苦しそうだ。

 キノセは汗をまき散らしながら、最後の一振りでオーケストラを華麗に締めくくった。

「特等席で俺の音楽を聴いた感想は、はぁ、どう――ああ……そうだよな、気絶するほどだろ?」

 肩で息をしながら、仰向けに倒れたィエドゥに目をやると、キノセは口角を上げた。

「はぁ、はぁ、なんてな……本体じゃないだろ。せっかくの俺のステージを生で聴かないなんて損なやつだよ、あんた」

 ふと木箱の上に戻ったキノセ。ィエドゥがピョウウォルと彼に操られたムェイに攻め込まれているのを目にする。

「遅いお戻りで」

 後ろから声を掛けられ振り返ると、アレスが嫌味ったらしく笑んでいた。

「……どれくらい経った」

「なんだよ、落ち込めよ。一番最後だったんだからよ」

「そんなことしてたら、失うぞ」

「……っちぇ、ま、五分ぐらいってとこだろ。ちなみおれは三分ぐらいで、ピョウウォルはそもそも別空間には飛ばされなかったってよ」

「ま、なんだかんだ言って賢者だからな。本体で戦うの妥当だろ」

「ちょっと、二人とも!」戦闘中のピョウウォルが怒気の籠った声を張り上げる。「聞こえてるよ! それにキノセ! またそういうこと言って。ピョウウォル、本当に怒るよ!」

「悪かったよ、今いく!」

 キノセはアレスと共にピョウウォルの助太刀に入る。だが、すぐにィエドゥが彼らから距離を取った。

「ご承知の通りだと思うが、俺は武闘派ではないのでね。集合されてしまったのなら、退き際だろう」

 その言葉のあとにィエドゥがハットの奥で視線を横に向け、小さく呆れたように零したのをキノセの耳は捉えた。

「バーゼィの回収もしなければならないしな。まったく世話が焼ける」

 キノセが指揮棒をィエドゥに向ける。「『神喰らい』がどうかしたのか?」

「盗み聞きはよくないな」

「ハツカたちが勝ったんだろ」とアレスが勝ちに言った。「こっちも勝たねーとな」

「うん、ピョウウォルもそう思う!」

「勝ちにこだわるのなら、ここは君たちの勝ちでいい。俺は退かせてもらう」

「逃がすかよっ!」

 指揮棒を振るうキノセ。だがそれよりも早く、ィエドゥが眠るムェイに向かってカードを投げた。カードはムェイの額に当たると、すーっとその中に消えていった。

 アレスが吠える。「なにしやがったっ!」

「クェト博士が作った機脳の初期化プログラムというものだ。ヴェィルさんの身体にする必要性はなくなった。だが、厄介な敵になるのなら使い物にならないようにしておくのは当然だろう?」

「お前、セラを物扱いしてんじゃねぇ!」

 アレスが木箱を踏み鳴らしながらィエドゥに向かっていくが、手品師は頭を下げると消え去った。

「くそっ!」

 アレスが振るったレヴァンが木箱に切り込みを入れる。

「おい!」キノセはピョウウォルに支えられるムェイに目にしながら、アレスに叫んだ。「もうそっちはいいだろ。今はムェイだ!」

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