237:共鳴する悲鳴
「ピョウウォル。ムェイは戦える状態か?」
キノセは問いながら、アレスが寄り添ったムェイの様子を窺う。立ってはいるが、まるで眠っているように目を閉じたままだ。
「ムェイは戦えないけど、ピョウウォルが戦えるから大丈夫だよ」
「……」キノセは小さく数度頷き、それからレヴァンをアレスに差し出す。「今のムェイじゃ使えないだろうから、あんたが使えよ」
アレスは受け取りながら眉根を寄せる。「ムェイは大丈夫なのか?」
「大丈夫は大丈夫だ。『傀儡の糸』も効かないだろ、ピョウウォルはなんていっても王様だからな」
「またそういう言い方。ピョウウォル、よくないと思うよ」
「褒めてるんだからいいだろ」
「馬鹿にしているように聞こえるんだけど?」
「ふんっ、キノセは恥ずかしがって真正面で褒められないんだよ。ピョウウォル」
「なんだって? せっかく助けに来たってのに、なんだよその言い草。あんた、恩赦でここにいれること忘れんなよ。アレス・アージェント!」
「二人とも」
「はいはい。助けに来てくれてどうもね。つっても、今のとこ全部ピョウウォルじゃん。色々やってんの」
「二人とも」
「おい、最初にあんたの剣を止めたのは俺の音率指揮法だぞ。ま、素人にはわからないだろうけど」
「二人ともってば」
「言ってくれるねぇ。そうさ、そうさ、素人にはただあんたが気障に音がいいとかなんとか言ってたことしかわからないよっ」
「はぁ?……うわっ!」
「うぉぅ!」
キノセは急に服を引っ張られて大きく後方へ飛んだ。アレスもだ。
「二人とも!」ピョウウォルが声を張った。「もう戦いはじまってるよ!」
二人が今までいた場所には木箱が降ってきて、それを目を閉じたままのムェイが蹴り壊していた。あのムェイは今、ピョウウォルによって操られている。機巧の身体ゆえの荒療治だ。
「ショーの最中に」
吹き飛ぶキノセは突然現れたィエドゥを通り過ぎる。何度も、何度も。その度にィエドゥの声が耳を通過する。
「雑談は」
「よくない」
「確か君は」
「この前も」
「ショーの邪魔を」
「したな」
「無粋な機械で」
飛んでいるのはピョウウォルの力のはずなのに、ィエドゥの術中だった。キノセはそれでも冷静に状況を把握する。
木箱だらけの景色だが、見えている木箱たちの大小や配置に変化はない。同じ景色をループしている。セラがエァンダに教えられた記録術か。だがすぐに打ち消す。言葉を発するィエドゥが、細長い砂時計を手先で器用にくるり、くるりと回しているのが見えたからだ。
この繰り返しの種はあの砂時計にあるに違いない。キノセは何度もィエドゥの脇を通り過ぎる中、砂時計だけに注力する。特にその音にだ。
そうして数度の繰り返しののち、ィエドゥの横を通り過ぎる際に、小さく指揮棒を振り上げた。するとするりとィエドゥの手から砂時計が滑り、叩きつけられたように木箱の上に落ちて割れた。
繰り返しが止み、キノセはたくさんの鈴が浮かぶ空間に立っていた。
「まだ手の内か」
正面に現れた手品師に、キノセは吐き捨てる。
「俺は大人数を相手にできるほど武闘派ではないのでね。個別にショーを開演することにしたんだ」
「へぇ、それは楽しみだ。前回は閉じ込められるだけのつまらないショーだったからな」
「音への造詣がある君だ、楽しんでもらえるだろう」
言ってィエドゥはすぐそばに浮かんでいた鈴を軽く指で弾き鳴らした。清涼感のある音が澄み渡る。そのうちにキノセの周囲でいくつかの鈴が同じ音を鳴らしはじめた。
「共鳴か。それで? もしかして、鈴の音に隠れて攻撃してくる気か? 俺の耳を舐めるなよ?」
「見当外れだな、とくと聴き入るがいい。演目、共鳴する悲鳴」
ィエドゥの姿がはためくように消えた。途端、キノセは左脇腹を激痛に貫かれた。
「ぐあぁっ!」
外傷はない痛みだけだった。それをキノセが確認するころには、彼の上げた悲鳴に共鳴したように、さっきまで鳴っていなかった鈴の中の一部が、さっきとは高さの違う音で共鳴しはじめた。
その瞬間、キノセはィエドゥの演目の意図を察する。
――名前そのまますぎだろ。
キノセがそう思った時には、新しい激痛が彼の左ふくらはぎを貫いた。
「ぅん……」
悲鳴を上げなければ、共鳴は起こらないかもしれない。そう思ってキノセは悲鳴を噛み殺した。だがまた別の鈴たちが低い音で共鳴し、今度は右肩を痛みが襲った。
「はぅぁっ!」
次は右足首だった。そしてまた堪えた僅かな声に、鈴が反応した。痛み耐えながら、キノセは自身の喉元に向かって指揮棒を振るう。だが不運なことに次の痛みは指揮棒を握る右手に押し寄せた。指揮棒は振るわれるより早く、床に落ちた。
「がぁっ……くそっ…………!」




