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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
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236:唯一無二の騒音

「っぐ……」

 ムェイの身体ごとレヴァンを押し返すアレス。その苦痛に強気な笑顔も歪む。ムェイからの抵抗はない。うまくいけば、正気に戻せるかもしれない。

 滑らかに抜けるレヴァン。暗い橙色の反射をアレスの血が所々隠す。

「ふーっはぁ、はぁ……」

 アレスは深く息を吐き、それから意識的に普段の呼吸を取り戻していく。そうしながら、ムェイとサファイアをかち合わせる。ムェイはまだ固く歪んだ顔で涙を流している。

「セラ! 戻ってこい!」

「……」

「本当におれにやらせる気か? 約束はしたけどな、おれにはそれを果たす気なんて、全然ないぞ!」

 ピクリと、レヴァンを持つ手が動いた。

「その涙は、お前の涙だろ! そこに、いるんだろ、セラっ! 自分で、戻ってこいっ!!」

 ムェイの口が震えながら開いていく。

「ア、レス……ダ、メ…………」

 こちらも震えながら、レヴァンが掲げられていく。

「おい! 喋れてんなら、すぐだろ! 頑張れよ!」

「うぅ……うっ…………」

 (むせ)ぶムェイ。だが、ホトトギスは振り下ろされる。

「くそっ!――」

 アレスはレヴァンを睨む。するとぴたり頭上で止まった。

「――っ!?」

「レヴァン……ありが、と…………ぅっ」

 ムェイはホトトギスに礼を言ったかと思うと、その手を離し、頭を抱えて苦しみはじめた。レヴァンが木箱の上に音を立てる。

 膝を着いたムェイ。「うぅぅ……!」

「セラ!」

「ぅぅ、おね、がい……」ムェイの苦痛のサファイアが懇願をアレスに注ぐ。「アレス……」

「っ……」

 アレスは下唇を噛む。するとそのサファイアに夕焼けのような光が差し込んできた。レヴァンだ。主の望みを叶えろと訴えかけているようだった。

「すぅー……っはぁー……マジでやらせる気かよぉ…………」

「やくそ、く……」

「わっかてるよ、セラ」アレスはレヴァンを手に取った。「約束、したもんな。冗談じゃ、ないもんな……」

 自身の剣は納め、両手でレヴァンの鞘を握る。アレス自身の血で滑らないように。

「ご、めんね……」

「言えてんじゃねーか、ばかっ……」

「……ごめんっ」

「うっ」アレスはレヴァンを振り上げた。「うぉあああっ!」

 アレスの断末魔に近い叫びと共に、橙色の軌跡が描かれる。



「……ぇ?」

 アレスは戸惑った。レヴァンが止まっていた。やらせておいて、この剣は結局主を殺したくなかったのか。そんなふうに思う彼女の横で声がした。

「騒音だけど、悪くない音だった」

 乳白色の指揮棒が振られるのをアレスは目の端に捉えた。レヴァンがひとりでに彼女の手から抜けて、宙に浮かぶ。

「友達を想う、唯一無二のな」

 アレスの横を通り、黒混じる白の三つ編みを揺らしてその男はレヴァンを手に取った。

 アレスは名前を口にする。「キノセ・ワルキュー……」

「俺だけじゃない」

 顎をしゃくってキノセが示すのは、ムェイの方だった。彼女の背後には、くりっとした目を覗かせた栗色の毛むくじゃらが立っていた。

「……もしかして、ピョウウォル?」

 もふもふとした口が動く。「うん、ピョウウォルはピョウウォルだよ」

「お、おう……そうか。やっぱ……ゲフッ……!」

 アレスは血を吐いた。すかさずキノセが彼女に向けて指揮棒を構えた。

「ちょっと待ってろ、今、癒しの音を聴かせてやる。ピョウウォルはムェイを頼む」

「もう終わってるよ?」

「そ、そうか。じゃあ、敵の探索をやってくれ」

「それもやってるよ?……あ、もう終わったよ」

「……なんだかんだ言って、やっぱ賢者なんだよな、あんた」

「なんだかんだ言ってって、酷いんじゃないのキノセ。ピョウウォル、そう思うけど」

「悪かったよ。で、敵、ィエドゥ・マァグドルは?」

「あそこだよ」

 ピョウウォルがそう言うと、アレスの正面方向にある木箱たちが一斉に動いて、両脇に別れて一本の道を作った。その先に、ハットを深く被ったタキシード姿があった。

「他人のバックヤードを勝手に弄らない貰いたいな、『無機の王』」

「ごめん。でも、きれいになったでしょ?」

 本気で謝り、それでいて整理したことを褒めてほしい。純真な子どものようなピョウウォル。そんな王様を余所に、アレスはキノセを急かす。

「戦うなら、早く治療してくれ」

「ああ、悪い」

「あ、それ、今ピョウウォルがやっておいたよ。キノセなかなかはじめないから」

 フサフサな顔でもにこやかなのがわかるくらいに笑ったピョウウォル。キノセは頬を引きつらせて笑い返していた。

「あ、そう。賢者は仕事が早いな」

 不貞腐れた様子のキノセを余所に、アレスはいつの間にか塞がった腹の傷のあった場所をさする。細かい栗色の毛が指先についた。ただそれだけ。なにをされたのかわからないが、痛みまでさっぱりなくなっていた。きっと内臓の傷も塞がっている。

 指先からふわっと飛んでいく栗色の毛を見送りながらアレスは訝しむ。

「あんた、『無機の王』だよな?」

「うん、ピュウウォルは『無機の王』だよ? それがどうかしたの?」

「いやだって、俺の身体は有機物だろ」

「ああ。うん、そうだね。でも秘密なんだ。ごめんね、教えられない」

「……まあ、いいか。とりあえず、ありがとう」

「うん、どういたしまして。さあ、戦おう!」

 ピョウウォルはくりっとした瞳を、きゅっと鋭くして遠く、ィエドゥを睨んだ。

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