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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
238/387

235:最後の思い出

 〇~〇~〇~〇

「ま、そのあとのことは、まあ、な…‥知ってるだろ、セラも」

「うん」

「許されるとは思ってないよ。償っていくしかない。異空のためを想ってさ。それこそ、最初にセラ様になろうと思ったときみたいにさ」

「わたしといるのも、異空のため……償い?」

「馬鹿。んなわけ――」

「うそ、うそ。わかってるって!」

 ムェイはどこか遠い、無理やり作ったような笑顔だった。

「?」アレスは不思議に思いながらも彼女を小突いた。「ったく、冗談きつ過ぎ……てか、そもそもおれが言いたかったのは、大変かもしれねえけど、諦めなきゃ大抵のことはできるってことだ。おれがほとんどのセラ様の技術を使えるようにさ」

「…………」

 笑いかけるアレスにムェイの沈黙が返ってきた。

「どうしたんだよ、セラ」黙り込み、膝を抱えたムェイをアレスは心配になって覗き込む。「痛むのか?」

「……」

「まさか本当におれが償いでセラと一緒にいると思ってんのか?」

「違うっ」

 サファイアが見つめ合った。真剣な眼差しに、嘘はないとアレスは思い直す。そのうえで、さっきの沈黙の真意を問う。

「じゃあなんだってんだ、急に」

「急に…………じゃないよ、アレス。ずっと考えてた。エァンダに言ったら怒られちゃうかもしれないけど、修行中もずっと」

 ムェイは訴えかけるようにアレスから視線を外さない。その目にはさっきまでの真剣さに混じって、曇りがあるようにアレスには映った。

「なにを、考えてたんだ?」

 ムェイはまた膝を抱える。「この身体のこと」

「セラ様の身体……?」

「うん。きっとヴェィルが一番に狙ってくるのはわたしだと思う。そもそもわたしはそのために生み出されたから」

「ああ、だから今エァンダに力をつけさせてもらってるんだろ」

「そうだけど、もしそれでも駄目だったら?」

「駄目って、お前」

「だって相手は未知数なんだよ? それにわたしは結局は機脳だから、クェトが記憶を消すかもしれない。そしたら簡単にこの身体は奪われる」

「セラ……んな悲しいこと言うなよ」アレスは友が口にしたことを想像し、自らの中に生まれ悲観を吹き飛ばす意味も込めて、立ち上がり、努めて快活に勝気に宣言する。「記憶が消される? んなことになったら、おれがまたお前をセラに戻してやるよ!」

「……アレス、ありがとう」

 そのムェイの声は抱えた膝の中に静かに落ちた。そして続く言葉はアレスに向かって真っすぐと向けられた。

「ごめんね、アレス」

「は?」

 アレスはムェイと視線を合わせた。

「なんで謝んだよ」

「もしもの時、その時、謝れなくなっちゃうでしょ。だから、先に……ごめんね」

「いや、セラに戻った時に謝れるだろ」

「……」

「……」

 そんな未来は絶対に来ないと思いたかった。目を逸らしていた。今も、ムェイが記憶を失うというところまでに考えを留めていた。それ以上先を考えないようにしていた。これからも逸らしたままでいたかった。

 最悪なのはムェイの記憶ではなく、彼女自体が奪われることなのだ。

 ムェイの言うもしもの時とは、その時のことだ。

「ねぇ、アレス」

「……」

 友の呼び掛けに、アレスは口を固く結んだ。目頭を熱くする感情を押し殺す。

「もしもの時は――」

「それ以上言うな、セラ。わかってる」アレスは真っ赤な空を見上げた。「…………わかったから」

「ありがとう。ごめんね」

「……だからぁ」とアレスの声が空に浮かんで赤く染まる。

「ふふっ……ごめん。これは今のに対して」

「許す」

 アレスはムェイに優しく笑いかけた。そしてムェイの笑顔が返ってくる。

「約束ね」

「ああ、約束だ」

 辛い約束なはずなのに、二人には優しい時間が流れていた。二人を包み込む赤みを帯びた空気が、辛さをその色にして発散させてくれているのかもしれなかった。そうして次第に日は沈み、その赤さと共に辛さを緩和していった。

 まだ夜と呼ぶには早い空に、一番星が輝き出したころアレスは再びムェイの隣に腰を下ろす。するとムェイが一番星を見つめながら彼女を呼んだ。

「アレス」

 アレスは同じように星を見て応える。「ん?」

「最後の思い出は笑顔がいいな」

「だな」



 それから少しして、二人が会話なく肩を並べていると、まるで見計らったようにエァンダが小屋から出てきて二人を呼んだ。

 いや、きっとずっと待っていたのだろうとアレスは思った。彼の耳なら二人の会話も聞こえていただろう。

 ――変に気使いやがって。

 アレスはそんなことを思いながらムェイの手を取って立たせた。

「よし、また頑張るか」

「アレスはなにもしないでしょ?」

「酷いな。おれだってセラが傷ついてる間にいろいろ頑張ってんだよ」

「ふふっ、知ってる。知ってましたっ」

「おいっ」

「あ、そうだ」

「ん?」

「はじめまして、アレス!」

「はぁ?」

「……んー、ちょっと変かな、やっぱり。昔のアレスのこと知れたから、そのうれしさを伝えたかったんだけど。はじめましてじゃやっぱり違うね? なんだろう? どうしたら伝わるかな、この気持ち」

「ふんっ、んなの、言わなくたって伝わってるよ、その顔でさ」

 アレスは破顔に破顔を重ねたような親友の顔を両脇から摘まんで広げる。

「ふえっ……ひたいっ、ひたぃよ、ありぇすぅー」

「ああ、ごめんごめん」

 ~〇~〇~〇~



「ちょっと想定してたのとは違うし、これを最後にする気はないけどよ――」

 囲んでいた碧き花々がアレスを襲った。

「っく」

 切り刻まれる中、アレスの頭に浮かぶのはムェイの笑顔だ。

「――なんにしても、まずは……」

 碧き嵐が止むと、アレスの血が木箱に数滴垂れる。

 傷だらけのアレスは、それでも強く立ち。

「正気に戻らなきゃ、笑えねえだろっ! セラぁ!」

 まるでその叫びに応えるように、彼女の眼前に碧き花が舞って、そして、友の顔が現れた。人形のように固まった表情を無理やりに動かして、口角を上げようとしてながら、サファイアに涙を溜めた顔だ。

 そして一言、詰まった物を吐き出すように。

「ご、っめんね、アレっス……」

 ムェイの顔に涙が伝うのを見ながら、アレスは自身の腹に刺さったレヴァンの刃を握る。

「おいセラっ……その顔でいい、のか……最後の、思い出っ!」

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