231:天地鳴動・霊峰退去
半神の力を使いこなすことでここまで変わるのかと思うほど、圧倒的だった。闘気とは別に違う流れが感じ取れる。人が持つものとは違う流れ。これが神の気配に違いない。きっと正真正銘の神は闘気を持たず、これだけなのだろう。
神の睨みも神の瞬間移動も、闘気よりも明確に、克明に、鮮明と感じ取れる。だから反応が容易い。なによりバーゼィが食した数多の神々の力も、超感覚と気読術が捉えるより早く察知できた。
もちろん敵からの攻撃も受けた。ただ、バーゼィではないが、黒き肌は硬く、大抵の攻撃では傷は浅かった。そして異常なほどの回復力で傷はなくなる。
これだけなら同じような力を持つバーゼィとは互角で、長期戦になると思われた。だが違った。バーゼィからは油断を感じられた。そこをハツカは真剣に攻めた。
そして今、バーゼィの油断が焦りと怒りとなった。
『神喰らい』は激怒し叫ぶ。
「どいつもこいつも! 俺は神を喰らう! 捕食者だ! 神の上に立つ男が、簡単に超えられていいはずない! そうだろっ!!」
バーゼィが足を踏み鳴らした。地団駄を踏むように何度も、何度も。
すると大地が大きな影に覆われた。見上げると隕石。それも一つではなかった。
隕石群。
「もう喰えなくたっていい! 死ぬなら死んじまえぇ!」
バーゼィは天高く飛び立ち、影の主である隕石たちの上へ出た。
「ハツカっ!」
イソラが焦った様子で駆け寄ってきた。こうなる前に決めてあげればよかったかなと思うハツカ。
「大丈夫だよ、イソラ」
「でも、さすがにあの量じゃ……」
「じゃあ、逃げる?」
「それはっ!」
「ね。だからお姉ちゃんを信じて」
ハツカは妹の結わえた前髪をちょんと弾いて笑った。
戸惑うイソラを余所にサィゼムを後ろに引いたハツカ。サファイアを瞼に隠し、長く息を吐く。
隕石たち。そしてその先に敵。もう終わったとみているのか、荒い息の中に余裕が感じ取れる。また油断している。
命取りこの上なし。
息を吐き終わると、すっと吸い込んで、瞼を上げると隕石群をサファイアで睨み上げた。
隕石たちが、落下をやめた。ぶるりと震える。
だんっとハツカが一歩踏み出した。「天地鳴動!」
巨石たちが粉々に砕けて砂となって空を覆う。
「なっ!?」バーゼィが目も口もあんぐりと開ける。
ハツカはサィゼムを斬り上げる。
「霊峰退去!」
砂の幕はきれいに真っ二つ。バーゼィ・ドュラ・ノーザも真っ二つ。
遅れてやってきたハツカが振るった剣の風圧に、砂は四散する。
そして『神喰らい』は風圧に揺らぎ、上下ばらばらに地面に落ちてくる。
天地鳴動・霊峰退去。
それすなわち、霊峰が天地を震わし逃げ出す斬撃なり。
「……すごい、ハツカ」
呆気に取られたイソラの声を聞きながら、ハツカは身体から黒を抜く。
「大師匠様、怒るかな。勝手に新しく作っちゃって……」
「くっそぉぉぉ……」
唸り声にハツカはイソラと共にバーゼィの上半身に、警戒しながら駆け寄る。まだ息がある。かなり弱っているが、この状態でもなにかできるかもしれない。しっかりとどめを刺さなければ。ハツカはバーゼィの頭に向かってサィゼムを突き立てた。
「ぐぁ――」
息の根を止めた。完全に。
滝の岩場にはハツカとイソラの気配しか残っていない。
「デラバンさんを運ぼう」
ハツカは静かに言って、イソラも静かに頷いた。
「うん」
竜人の遺体へ足を向ける姉妹。
二人は気づかない。バーゼィの上半身と下半身が場所を入れ替えたことを。その上半身、バーゼィが憎々し気に二人の背中を睨んでいたことを。そしてヒィズルから消えたことを。